楽園の瑕



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 彼らはノーザの姪の子供だった。

 少しでも子供というものを知ってもらおうと、ノーザが姪に頼んで離宮にしばらく預かる

ことにしたのだ。

 ノーザの試みは成功だった。

 最初の戸惑いが過ぎると、サラーラは子供達に夢中になった。

 毎日飽きることなく楽しそうに子供達の相手をする。

 そのあまりの変わりようにノーザの方が驚くほどだった。

「ノーザ、ノーザ、 見て見て。 ほら、キリって動くのとっても早いんだよ」

 手足を忙しそうに動かしながら部屋を這い回る赤ん坊を楽しそうに見ている。
 
「ラーラしゃま。このお菓子食べていい?」

 キリの兄であるユニがテーブルの上にある焼き菓子をもの欲しそうに指差している。

「いいよ。取ってあげようか? どれがいい?」

「んとね。僕あれがいい!」

 子供が指差す菓子を取って手渡してやる。

「んーーっ! まんまーっ!」

 それを見たキリがすごい勢いでサラーラの元に這いよってきて自分も、と請求した。

「キリも食べるの? どれがいいかなあ」

 赤ん坊に食べやすいものはどれかと物色する。

「あーっあーっ」

「これがいいかな? はい」

 待ちきれず、騒がしく催促する赤ん坊を抱き上げ、膝に乗せて菓子をその手に握らせる。

「ん、まっ!」

「おいしい?」

 ぼろぼろと口からこぼれる菓子のくずで服が汚れるのも、全く気にしている様子はない。

 赤ん坊が嬉しそうに菓子を口に入れるのをニコニコと見ているだけだ。

「ラーラしゃま。お菓子、クルシュにもあげていい?」

 ユニがサラーラの服の袖を引っ張って、部屋の隅で寝そべっている犬を指差す。

 クルシュは自分の名を呼ばれ、のそりと首を上げた。

 呼んだか?という顔でこちらを見ている。

「クルシュに?」

 顔中べとべとになった赤ん坊の顔を拭いてやっていたサラーラが、ユニを見る。

「うん、お菓子あげたい」

「ちょっとだけだよ。あんまりあげるとノーザに怒られちゃうから」

「うん!」

 ユニは嬉しそうに頷くと、犬に向かって走っていった。

「クルシュも、はい。 おいしいよ」

 小さな手が差し出す菓子を見て、クルシュが尻尾をゆったりと振った。

 そしてぺろりと一口で食べてしまう。

「もう食べちゃった!」

 子供は嬉しそうにそう叫ぶと、犬の首にぎゅっと抱きついた。

 そのまま、その大きな体によじ登ろうとする。

 クルシュは子供の乱暴な扱いを嫌がる素振りを見せなかった。

 まるで子守をしているのだというように、やれやれといった様子でその場に

また寝そべってしまう。

「ふしゃふしゃ〜」

 よいしょと背に上った子供が毛皮に顔をうずめる。

 すっかりクルシュがお気に入りになっている。

 初めてその姿を見たときは、怖がってサラーラの後ろから動こうとしなかったが、

順応性の早い子供のこと、すぐに犬の存在にも慣れた。

 今では犬の後をついて歩くほどだった。

 クルシュのほうも、子供達を自分の弟分だとでも思ったのか、面倒をみてやらねばと

いった様子でおとなしく彼らのなすがままになっている。

「あれ? キリ、眠たいのかな?」

 腕の中でうとうととしだした赤ん坊に気づき、サラーラはゆっくりとその小さな体を

ゆらしてやった。

「サラーラ様、私が変わりましょう。 キリを寝かしつけてまいります」

「大丈夫。 キリが眠っちゃうまでしばらくこのままでいいよ」

 優しい目で腕の中の赤ん坊を見る。

「サラーラ様……」

 ノーザは心が温かくなるのを感じた。

 最近のサラーラは以前のように明るい笑みを浮かべるようになった。

 子供達の存在が大きく影響しているのは間違いなかった。

 サラーラの心から、子供という存在に対しての恐怖心、抵抗が無くなったのだと確信した。

 よかった、これならお腹の中の御子も……

 昨夜、子供達が部屋から退出した後、サラーラがそっと自分のお腹に手をあてたことに

ノーザは気づいていた。

 その表情にはまだ不安と迷いが見られたが、以前のような恐れや嫌悪といったものは

見られなかった。

 少しづつ、サラーラの心が変わっているのだと思った。

 早く陛下の元にお戻りになれるように。

 眠る赤ん坊の髪を撫でるサラーラを見ながら、ノーザはそう祈った。





 と、

 部屋の扉が突然、何の前触れもなく開いた。

 そして、一瞬の間の後に、戸惑った声が部屋に響いた。

「これは………」








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