楽園の瑕



66




 サラーラは目の前にある見慣れない物体を緊張した面持ちで見ていた。

「サラーラ様、そんなに硬くなっていらっしゃると子供達もほら、緊張してしまって……」

 じっとしたまま身動き一つしないサラーラの様子に、ノーザが苦笑して言った。

「何か話しかけてやってくださいませ」

「だってノーザ、こんなに小さい……」

「子供ですから小さいのは当たり前です」

「動いてるよ」

「そりゃあ人間ですから動きますとも」

「だって………」

 サラーラは困惑した様子でもう一度目の前の存在に眼を向けた。

 サラーラの眼の前には小さな子供が二人、ちょんと床に座っていた。

 兄弟だろうか。一人はようやくはいはいし出したくらいの赤ん坊で、多分男の子だろう。その

赤ん坊を守るように、背後から三つくらいの男の子がしっかりと抱き抱えている。

 その目はじっとサラーラに向けられている。 初めて会う人に警戒しているようだった。

「ほら、サラーラ様。子供達がサラーラさまのお言葉を待っておりますよ」

「何を話せばいいの?」

「何でも結構ですよ。サラーラ様がお聞きに………」

「んあーっ!」

 突然上がった大声に、ノーザの言葉が途切れる。

 見ると、兄の腕に抱き抱えられている赤ん坊がにこにこしながらサラーラに手を伸ばしていた。

 それを年上の男の子が必死に引き留めている。

「だめだよ、キリ。だめったら」

 しかし赤ん坊は何とかサラーラの元へ行こうと手足をじたばたさせていた。

「まあ……」

 ノーザの顔が綻ぶ。
 
 サラーラは子供達の様子を戸惑った表情で見ていた。

「サラーラ様。どうやらキリはサラーラ様を気に入ったようですわ。抱いてやってくださいませ」

「え?」

「キリはサラーラ様の所に行きたいと思っているのですよ。ほら、あのように手を伸ばして」

 見ると赤ん坊は兄に抱き抱えられながら、尚もサラーラの方に手を伸ばしている。

「……僕に? でも……」

 どうすればいいかわからず、おろおろと子供達とノーザの顔を交互に見る。

 そうこうしている内に、ようやく兄の手から逃れた赤ん坊がサラーラに向かって這い寄ってきた。

「……ノーザ、どうしてこの子供は歩かないの?」

 四つんばいで自分に近寄ってくる子供に、サラーラはまた困惑した表情を浮かべた。

「その子供はまだ小さいので歩けないのですよ。あと1、2ヶ月もすれば立ち上がって歩くように

なります」

「そんなにかかるの?! だって、クルシュはこんな子犬の時から走っていたよ」

 人間の赤ん坊は歩くことができないのだということさえも知らなかったサラーラは、飼い犬が

自分の元に来たときのことを思い出し、そう言った。

「サラーラ様。人間の子供は大きくなるまで犬などの動物よりもずっと時間がかかるのですよ。

生まれて歩くようになるまでには1年ほどかかります。それに言葉を覚え、ちゃんとした言葉を

話すようになるまでには数年……」

 サラーラにとって、初めて知ることばかりだった。

 人間の子供がそんなに成長が遅いことなど少しも知らなかった。

 驚きに目を見開いて黙っていたサラーラだったが、自分の足に何かが触れる感触にはっとする。

 下を見ると例の赤ん坊がサラーラの服の裾を掴んでにこにこと見上げていた。

「あーーっ!」

 そして抱いてくれと言わんばかりに両手を差し出す。

 思わずその手をとったサラーラだったが、そのあまりの柔らかさにまた驚く。

「ノーザ、ふよふよして掴めないよ。 壊しちゃう」

「大丈夫ですよ。両脇をしっかりと持って抱き上げて」

 言われたとおり、赤ん坊の両脇に手をいれ、恐る恐る持ち上げる。

 想像に反してずっしりとした確かな重みと感触がある。 

「んーーまっ!」

 望みの適った赤ん坊が嬉しそうにサラーラの首に抱きついてきた。

 赤ん坊特有の甘い香りとその温かさに、サラーラの顔に知らず笑みが浮かぶ。

「………可愛い……」

 ポツリと漏らされた言葉にノーザの顔にも笑みが浮かぶ。

 その様子を見ていたもう一人の男の子もおずおずとサラーラに近寄ってきた。

 サラーラは赤ん坊を抱いたまま、男の子へと顔を向ける。

 視線が合い、ビクッと立ち止まった子供に、にっこりと優しい笑みを向ける。

「おいで」

 その笑みに子供が嬉しそうに走り寄ってくる。

 ぽふんと膝に飛びついた男の子に、サラーラは楽しそうな笑い声を上げた。

「僕もだっこ!」

 手をのばす子供に応じて膝に乗せてやる。

「サラーラ様!」

 さすがに二人も抱いていては、とサラーラの身を案じたノーザが一人を引き取ろうとする。

 が、サラーラは彼女に首を振って制する。

「大丈夫だよ。ぜんぜん重くないから」

「サラーラ様……」

「ノーザ、子供って可愛いね。とっても柔らかくて暖かくて、それにとってもいい匂いがする」

 赤ん坊に髪を引っ張られながらサラーラがにこにこと言う。

 サラーラの言葉にノーザの目が大きく見開かれた。

 そしてそれは大きな笑みに変わった。





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