楽園の瑕

 

65

 

 

 

   「………それで首尾は?」

  酒場の薄暗い隅で、 男達がひそひそと言葉を交わす。

 「王子の居所は掴めたのか?」

 「いや………王城の守備が厳重すぎる」

 「大体の位置すらもわからないのか?」

 「ああ……せめて王子のご無事だけでもわかればいいのだが………それで、そちらの方はどうだ。

上手く連絡はとれたのか?」

 「そのことで話がある。 実は俺達に情報を提供するという人物がいる」

 「情報? 俺達にか? 一体誰だ?」

 「判らん……しかし貴族の中でも相当の地位にいる者らしい。 王城内のことにも詳しい」

 「………信用できる人物か?」

 「それはこれからの判断だ。実は今日、 ここにその人物がやってくる」

 「今か?! どうしてそのような……もし罠だったら……っ」

  席に座っていた数人が立ち上がりかける。

 「しっ……大丈夫だ。 何でも国王に恨みを持っているらしい……俺達に協力すると、 そう言っている」

 「恨み? この国の国王は激しい気性の持ち主だと言うからな。 自分の父を王位から追い落としたのだろう?」

 「大方何かドジでもして不興を被ったのだろう。 もしくはかなりの地位にいるらしいから疎まれたか」

 「………信用できるのだな?」

 「それは会ってからの判断でも遅くないだろう………もし、 危ないと思えば……」

  男の目が物騒に光る。

  と、 そこに、 一人の人影が彼らの側に近寄ってきた。

  頭の先からすっぽりとマントを被り、 周囲から姿を隠している。

 「……誰だ」

  男の一人が不穏な声で訊ねる。

 「今、 あなた方が話していた協力者よ」

  そう言って、 顔を隠していたフードを手でちらりとはらってみせる。

  現われた顔に男達の表情が変わった。

  若く美しい女だったのだ。

 「お前……いや、貴方は一体………」

  見るからに高貴な雰囲気を漂わせる女性に、 彼らの間に動揺が走った。

 「名はどうでもいいわ。 私はあなた方に情報を提供するだけ。 ………そう、 あなた方の探している

マナリス王家の王子様の行方などの、 ね」

  そう言う女の真っ赤な唇が不穏な笑みを浮かべる。 目には隠しようもない憎悪の念が宿っていた。

  女はモルディアだった。











  宮廷を追い出される形で王城から出ていったモルディアは、 憎悪と屈辱に胸を焦がしていた。

 「よくもこの私を………!」

  自分を虫けらのように追い払ったファビアスには、 今や憎しみの念しかない。

  そしてサラーラ。

  あの憎らしい化け物をこのままにしておくつもりはなかった。

  宮廷を追い出された今、 かねてより計画していた陰謀は実行する機会を失ってしまった。

  モルディア自身が城内に彼らを手引きすることができないのでは、 城の奥深くに守られているサラーラに

危害を加えることなどできるものではない。

  ましてや国王の信頼を失った自分達に同調する人間などいるだろうか。

  計画の全てが水泡に帰した。

  が、 それで諦められるものではない。

  モルディアは、 彼女が完全にファビアスの寵愛を失ったことに落胆する父の尻を叩くようにして、

宮廷内の情報を集めた。

  そしてサラーラが王宮を離れ、 遠く離れた離宮で静養することになったことを知ったのだ。

  機会が来たと思った。

  彼女はかねてから目をつけていたマナリスの残党達に連絡を取ることを決心した。

  何か役に立つ情報はないかと召使い達に城下の様子にも目を配らせていたのだ。

  彼らを使ってサラーラをこの国から追い出す。 あわよくば彼らに命を奪ってもらう。

  モルディアはそう考えた。

  自分達の敬愛するマナリス王家の王子がこの国の正妃になったことを彼らは知らない。

  そう知った時の彼らがサラーラをどう思うか。 見物だった。

  自分達を裏切ったと知った彼らがサラーラを殺してしまえば………

  心が浮き立つ。

  自分を捨てたファビアスも誰も彼も苦しめばいい。

  モルディアは暗い酒場で彼らに微笑みながら、 そう心の中でつぶやいた。









                      
戻る