サラーラの言葉にノーザは衝撃を受けた。

　 彼がそんなことを考えているなど思いもしなかった。

　「サラーラ様、 どうして………そのようなことあるはずがないではありませんか」

　「だって、 僕のお腹にいる子供って穢れてるって………それって怖いことなんでしょう？」

　 乳母やモルディアが言った穢れているという言葉が、 はっきりと意味がわからなくても良くないことなのだ

ということは感じられた。

　 だからその ”穢れた” 子供は良くないものなのだ。

　 サラーラはそう思ったのだ。

　 それが自分のお腹にいるということは、 いつかその” 良くないもの” は自分を殺してしまうのだろう。

　 夢で見たように、 想像すら出来ないその姿で自分の腹を裂いて出てくるのだろう、 そう思った。

　 「サラーラ様………」

　 サラーラの訴えにノーザは絶句した。

　 何故、 そんなことを考えたのか、 彼女にはわからなかった。

　「サラーラ様、 そんな……御子がお母上であるサラーラ様を殺すようなこと、あるはずがないでは

ありませんか。 ましてやお可愛らしいサラーラ様と立派な陛下の御子ともなればそれは素晴らしい御子が

生まれるに決まっております」

　「………素晴らしい？」

　 ノーザの言葉に、 サラーラは恐怖に震えていた顔をふと上げた。

　 その目には疑念が宿っている。

　「ええ、 素晴らしく可愛らしくてお優しい御子に決まっております。 そのような御子がサラーラ様を殺す

ことなどありえません」

　「可愛い……優しい………」

　 繰り返すサラーラの声が呆然と聞こえる。

　 信じられなかった。　 だって、 ずっと子供とは恐ろしいものだと思っていたのだ。 自分の体の中で育つのだ。

見ることも確かめることも出来ず、 どのような姿かもわからないその生き物は、 サラーラにとってただ未知の

恐ろしいものにしか思えなかったのだ。

　 それなのに、 可愛い？　素晴らしい？

　 サラーラは信じられない目で自分のお腹を見下ろした。

　「だって………こんなところにいるんだよ？　僕、 見ることもできないんだよ？」

　「子供というものは生まれるまで誰も見ることが出来ません。 生まれるまでお腹の中でゆっくりと眠って

いるのですよ。………サラーラ様に会うのを楽しみにしながら」

　「僕に……会うのを楽しみにしてる？」　

　「ええ。 ご自分のお母様がどのように綺麗な方か、 お優しい方か、 会う日を楽しみにしておられますよ」

　「…………その日までずっとここで眠ってるの？ 大きくなりながら？」

　 ノーザは微笑みながら頷いた。

　「お生まれになるのに充分大きくなるまではサラーラ様のお腹の中で安心して眠っておいでです。

サラーラ様がご自分を守ってくださると信じていらっしゃるのですよ」

　「守る………」

　 サラーラは震える手でそっと自分の腹に触った。

　 ここで、 眠っている？　自分に会うのを楽しみにしている？

　 想像できない。 しかし、 子供というものが自分が考えていた恐ろしいものではないらしいことはわかった。

　「じゃあ、 子供って怖いものじゃあないんだ………悪いものじゃないんだ………」

　「当たり前です。 サラーラ様のお腹にいらっしゃるのは陛下がサラーラ様を大切に思う気持ちが形に

なったものなのですから」

　「ファビアス様の…………ファビアス様が僕を大切に？」

　「そうです。 陛下の、 なによりもサラーラ様をお想いになるお気持ちです」

　 その言葉に、 サラーラは胸のうちにあった黒い嫌なものが消えていくのを感じた。

　「僕………ファビアス様の側にいていいの？ ファビアス様は僕の敵じゃあないの？」

　「とんでもありません！　モルディア様の言った言葉など信じられてはなりません。 あの方はただサラーラ様

を苦しめるためにデタラメを言ったまでです」

　「僕、 ファビアス様の側にいていいんだ………」

　 サラーラの顔にうっすらと笑みが浮かんだ。

　 それは心から安心したような明るい笑みだった。