楽園の瑕

 

63

 

 

 

    犬の毛皮に顔を埋めるサラーラをテラスから見守りながらノーザはため息をついた。

  どうしてあんなに子供の存在を否定するのか、 それがわからない。

  ただ単純に出産という未知のことに怯えているだけとは思えないのだ。 かといってファビアスの子だから

嫌がっているのか、と思えばそうでもない。 それだけではないのだ。

  子供そのものを完全に否定している。

  何か………自分の気付かない何かがあるのだろうか。

  確かに今まで完全に男だと思っていた自分が半分女であったという事実はショックだっただろう。

  ましてやサラーラは半ば無理矢理ファビアスの妻にされ、 否応なしに子を身ごもらされたようなものだ。

  その目まぐるしく変わる現実についていけなかったことはあるだろう。

  この国に来た最初からサラーラの側についていたわけではないが、 それでも彼がその年齢にしては

あまりにも精神的に幼いことは気付いていた。

  その容姿の為に生まれ育った環境が特殊なものだったことも漏れ聞いている。

  彼の成熟していない精神にはここ数ヶ月の出来事は過酷きわまりないものだったろう。

  それでも最近の彼はファビアスに心を開き、 幸せそうに見えた。

  が、 サラーラはその間、 自分の子供のことを一言も口にしていなかったことに気付く。

 「としたら………サラーラ様は最初から御子のことを良く思われていなかった?」

  無言のうちに自分に宿る生命のことを否定しつづけていたのか。

  そう思い至ったノーザは顔を曇らせた。

  このままではいけない。

  何とかサラーラに自分の体のことを、 御子のことを受け入れるようにしなければ………彼自身のためにも、

今頃遠く離れた城で心を痛めているだろう国王のためにも。

  ノーザはサラーラの心を閉ざす原因を探ろうと心に決めた。






  そう決めたものの、 ことは簡単には進まなかった。

  サラーラは子の話になると頑ななまでに耳を塞ごうとするのだ。 子供という言葉さえ聞こうとしない。

 「サラーラ様、 お願いですから……」

 「いやっ! そんなの知らない!」

  寒くなってきたから体を冷やさないようにと膝掛けを渡そうとしたノーザに、 サラーラは寒くないと

首を振った。

  そして、お腹の御子によくないと言った途端、 顔色を変えたのだ。

 「僕は何ともない! 寒くないしどこも悪くない! こんなに元気だからそんなのいらない!!」

 「でもそんな薄着ではお体を………」

 「だから寒くないって! 僕がいらないって言ってるんだからいらない!」

 「サラーラ様!」

  あまりの頑なさにノーザはとうとう声を荒げてしまった。

  あまり興奮させてはいけないとわかってはいる。

  しかしこのままでは本当にサラーラにも、 お腹の子にも良くないと思ったのだ。

 「サラーラ様! サラーラ様が何とおっしゃられようと、 サラーラ様のお腹には確かに御子がいらっしゃい

ます。 今もお腹の中で育っておられるのです。 その証拠にサラーラ様のお腹は少しづつ大きくなっておいで

ではないですか。 もうあと5ヶ月もすれば御子様がお生まれに………」

 「いやあっ!!」

  途端、 サラーラの口から恐怖に満ちた悲鳴があがった。

  自分のお腹を恐ろしいものを見るような目で見ている。

  ゆったりとした服なのでわからないが、 たしかに湯浴みの時や着替えのときに目にする自分の体は

少しづつ変化していた。

  下腹が少し膨らんでいるように思う。 違和感を感じる。

  中で子供が育っている………

  ノーザの言葉はサラーラを恐怖に追いやった。

 「いや……いやだ! 僕のお腹は大きくなっていない!」

 「サラーラ様!」

  膨らみかけたお腹を押し戻そうとでも言うのか、 両手で自分の腹を押し始めるサラーラに、 ノーザが

慌てて止めようとする。 

 「お止めください! そのようなこと……御子に何かあれば……!」

 「いや! 離して! こんな……こんな怖いものいらない! いつかこれが僕のお腹を破って出てくるんだ!

僕のお腹が血でいっぱいになるんだ!」

  サラーラの脳裏に夢で見た腹を裂いて出てくる化け物が浮かぶ。

  あんな恐ろしいものが自分の中にいると考えるだけで気がおかしくなりそうだった。

 「サラーラ…様?」

  サラーラの言葉にノーザが顔色を変えた。

 「どうしてそのような……御子は恐ろしいものではありません。 サラーラ様とファビアス様の御子様では

ありませんか。 それがどうして………」

 「だって、 これが僕を殺しちゃうんでしょう? 僕のお腹、 破っちゃうんでしょう?」

 「………!」

  恐怖に震える声でそう訴えるサラーラに、 ノーザは衝撃のあまり、 咄嗟に声が出なかった。









                      戻る