楽園の瑕

 

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    ファビアスの怒りの意味がわかった。

  悔しさのあまり投げつけた言葉。

  あの時はそうすることで少しでも自分の悔しさをはらせると思った。 実際サラーラの青ざめた顔を

見て胸がすっとした。

  不敬とも思わなかった。

  ただ目の前にいるのは自分から全てを奪った憎い化け物としか思わなかったのだ。

  それに自分は王家の血を引いているという驕りもあった。

  高貴な血を引く自分を罰せられるものなどいやしない、 と。

  あの場で自分の行動を咎められる身分のものなどいやしない、 自分の言った言葉があの場以外に

漏れることはないと思っていたのだ。

  そして万が一漏れたとしても、 ファビアスはまだ自分に心を残していると、 彼に自分を罰せられるはず

はないと信じていたのだ。

  しかし…………

  モルディアは自分の考えが間違っていたことに気付いた。

  今、 目の前にいるファビアスの目は激しい怒りに燃え、 まっすぐ自分を睨みつけている。

 「へ、 陛下………私は………」

  体が震え出す。

 「穢らわしいと言ったそうだな」

  ファビアスが低く唸るように言った。

 「恥知らずとも………敵のベッドに潜りこみ、 平然としている恥知らずと……!」

 「わ、 私はただ………」

 「黙れ!!」

  何とか言い逃れようとするモルディアに、 ファビアスが怒声を上げた。

 「あれを侮辱したなっ! 俺の妃を、 この国の正妃をっ!!」

 「ひ……っ!」

  容赦ない怒りの声にモルディアはその場にがくがくと座り込んでしまった。

  そんな彼女にファビアスはなおも怒りを静めることはない。

 「お前の言葉にサラーラの心がどんなに傷ついたかっ 今もどんなに苦しんでいるか…っ!」

 「陛下、 陛下……っ ファ、 ファビアス様っ お許しを……っ」

  初めて見るファビアスの恐ろしい怒りにモルディアはただただどうやったらこの場を凌げるか、

そればかり考えていた。

  そ、そうだ………もう一度昔のことを思い出してもらえば………あの自分を寵愛していた頃の

ことを………

 「ファ、 ファビアス様………ねえ、 お怒りをお治めになって………」

  肌もあらわな自分の肢体を見せつけるようにして許しを乞う。

  自慢の豊満な胸をファビアスの眼前に見せつけようとする。

  しかしそんな見え透いた手に乗る彼ではなかった。

  冷ややかに女の姿を見下ろす。

 「正妃を侮辱することがどれほど許しがたい罪か知っているだろうな。 ………このことでもしサラーラの

身に何かあったら……腹の子にもしものことがあったら不敬罪だけでは済まぬぞ! この俺がこの手で

お前を殺してやる!」

 「ひ、い…っ」

 「即刻この城から出て行け! ニ度と俺の前に顔を出すな!」

 「っ!」

  モルディアの顔が蒼白になった。

  城を出る。 すなわち、 自分に与えられた城の中の部屋を失うということ……完全に宮廷からの

追放を言い渡されたも同じだった。

 「へ、 陛下……っ!」

 「いいな。 2度はないと思えっ! 次にその顔を俺の前に見せたときは命はないものと思えっ!」

  激しいまでの口調で最後通牒を突きつけられる。

  命はない、 と告げられ、 モルディアはもはや声もなかった。

  ただわなわなと体を震わせながらその場に座りこむだけだった。

  その彼女の様子をもう一度憎々しげに見ると、 ファビアスは身を翻して部屋を出ていった。

  バタンッと激しく閉まった扉が彼のおさまりやまぬ怒りをあらわしていた。











  床に座りこんでいたモルディアはなおも体を震わせていた。

  ファビアスの激しい怒りが恐ろしかった………だがそれだけではなかった。

  次第に屈辱感が沸き起こってくる。

 「……こんなことって………っ」

  完全にファビアスの心が自分から離れたことを知る。

  彼女の高いプライドはずたずただった。

  今までこのような屈辱を味わったことはない。

  じわじわとファビアスとサラーラに対する怒りが湧きあがる。

  許せない、 と思った。

  こんな、 この自分がこんな侮辱をうけるなんて………っ

  彼らに憎悪の念が生まれる。

 「…………今に見ていなさい………このままでは……」

  つぶやきながら顔を上げたモルディアの目には激しい憎悪の炎が灯っていた。



 







                     
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