楽園の瑕
57
「騒々しいわね。
一体何事なの?」 バタバタと人が駆け回る気配にモルディアはベッドの上に身を起こした。 不機嫌そうに扉を見る。 まったく………睡眠不足は美容の大敵なのに…… 「うるさくて寝られやしないわ。 一体何があったのか見てきてちょうだい」 側に控える侍女にそう命じる。 今日は本当にろくな日じゃなかった。 あの忌々しい化け物に会うなんて……… 近くで見た彼の美貌は想像以上だった。 もしかして自分以上かも……… ふと、 そんな不安が頭を過る。 が、 すぐにそんなバカな考えは振り払った。 あの化け物が自分から全てを奪ったんだ。 ファビアスも正妃の位も。 「あんな男か女かも知れない化け物に………」 薄気味悪いほど白い肌を思い出す。 髪の毛も肌もどこもかしこも驚くほどに白かった。 「色がないなんて………気持ちの悪い………しかもあの瞳……」 あんな赤い瞳を持つなんて、 普通の人間のはずがない。 「ああ、 なんて気持ちの悪い………あのような化け物に心を奪われてしまうなんて、 ファビアス様も どうかしているわ。 きっとすぐに後悔するに決まってる」 でも、 言いたいことを言ったときのサラーラの顔にはちょっと胸がすっとした。 あのくらい当然よ。 私は当たり前のことを言っただけだもの。 まだ足りないくらいだわ。 白い肌をますます白くして、 怯えたように自分を見ていた彼を思い出す。 あんな弱々しくて正妃ですって? 「頭が弱いんじゃないの? 何も言い返さないなんて」 やっぱりファビアスは一時的に血迷っているだけだ。 すぐに飽きるだろう…………そして今度こそこの私を……… その場を想像してうっとりとする。 私こそが正妃にふさわしいのよ。 国中の女性の頂点に立つ存在に。 正妃の宝冠をかぶる自分は神々しいほどに美しいに違いない。 それももうすぐだ。 自分の思いに入りこんでいたモルディアは、 侍女が帰ってきたことにすぐには気付かなかった。 「モルディア様」 近くで声をかけられて、 はっと振りかえる。 「な、 なんなのよっ 戻ってきたのならさっさとそう言いなさいよっ 気がきかないわね!」 「申し訳ございません………」 癇癪持ちの主人に侍女は神妙に頭を下げた。 「まあいいわ。 それで一体何なの?」 「はい。 正妃様が急に体調を崩されたとか………」 「正妃? ………あのサラーラ王子が?」 「陛下が医師達を呼び寄せてただいまご様子を………」 「体調………もしかして子供が?」 流産でもしたのだろうか。 そうなればどんなに素晴らしいか! モルディアは嬉しそうにそう言った。 「そこまではなんとも………ただ、 尋常ではないご様子で…」 「もうっ 役立たずねっ! ちゃんと調べてきなさいよっ …………まあ、 いいわ」 あの化け物に何かあったのだ。 それもただの不調ではないらしい。 重い病? それとも怪我? ………なんにせよ喜ばしいことだ。 「…………このまま死んでしまえばいいのに」 そうつぶやく。 そう、 忌々しいサラーラさえいなくなってしまえばこちらのものだ。 モルディアは自分にとって最高の知らせが入ることを待ち望んでいた。 と、 バタ―ンッ! 乱暴な音を立てて扉が開かれた。 「っ!」 突然の乱行に驚いてそちらに目をやったモルディアが見たのは、 憤怒の形相で立つ ファビアスの姿だった。
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