気が狂ったように暴れていたサラーラがようやく力尽きたように気を失うと、 ファビアスは

ほっとしたように拘束していた腕を解いた。

　「サラーラ様っ！」

　 侍女のノーザが真っ青な顔で部屋に飛びこんできた。

　 後に医師達が続く。

　 彼らは気を失ったサラーラの側に近づくと、 すぐさま診察を始めた。

　 その様子を暗い目で見る。

　 ベッドの上に投げ出された細い腕が目に入った。

　 強く掴んでいたそこにうっすらと赤い痣ができてしまっている。

　 それを見たファビアスが顔を歪めた。

　 自分がサラーラを傷つけるなんて……

　 しかしそうでもしなければ、 サラーラは自分で自分の体を傷つけようとしていた。

　 いやだ、と叫びながら自分の腹を叩こうとした姿を思い出す。

　「どうして………あれは………」

　 まぎれもなく、 体内に宿る子供を厭っていた。

　 自分の腹を見るサラーラの目には恐怖の色が浮かんでいた。

　「何故だ………何故こんな突然………」

　 つい先ほどまでは何事もなかったのだ。

　 ベッドに入る前も、 いつもと変わりなく自分の言動に素直に応えていた……………

　 …………いや、 違う。

　 ファビアスの目が鈍く光る。

　 いつもより口数が少なかった、 というよりも自分が話しかけないと口を開こうとしなかった。

　 顔色も普段より幾分すぐれなかったか。

　 あの時はいつものつわりのせいだろうと思ったのだが………

　 楽観していた自分に舌打ちする。

　 すぐに何かあったのか問うべきだったのだ。 そう、 何かあったに違いない。

　 自分の知らない間に、 サラーラの身に。

　「………ノーザ」

　 サラーラの侍女の名を呼ぶ。

　 いつもサラーラの側に控えている彼女なら何があったのか知っているに違いない。

　 名を呼ばれた侍女はすぐさま国王の側にやって来た。

　 その顔は白く青ざめていた。

　「…………あれの身に何があった？　俺の知らない間に、 何が起こった？」

　「それは………」

　「サラーラは突然自分の腹を叩きだした。 まるで腹の中の子を追い出したいとでもいうように。

一体何があったというのだ」

　 サラーラの凶行にノーザの顔色が変わる。

　「御子を……そんな………それではサラーラ様はあのことを………」

　「あのこと？　一体何のことだ！」

　 心当たりがあるらしいノーザの様子にファビアスも語気を強める。

　 自分の知らない間にサラーラの身に何かが起こったのだ。

　 そのことがファビアスの心を荒立たせる。

　「申せ！　何があった！」

　「おそれながら………」

　 そう言って、 ノーザは昼間に起きた出来事をおそるおそる話し出した。

　 庭に散歩に出かけたこと、 そしてその時モルディアに会ったこと、 彼女から投げつけられた

言葉の数々…………

　 話を聞いていたファビアスの表情がだんだんと険しくなっていく。

　 モルディアの言った暴言を全て聞き終わった頃には、 その目には紛れもない激しい怒りが

あった。

　「………モルディアが、 サラーラにそう言ったのか……恥知らず、と……！」

　「はい……敵国の王に身をゆだね…その上御子まで…なんて穢らわしいと……」

　 その時の悔しさを思い出したのか、 ノーザが顔を歪める。

　 が、 ファビアスの様子を見て身をひるませた。

　 王の全身が怒りに震えていた。

　 その顔は怒りに染まり、 恐ろしいほどだった。

　「………サラーラはどうだ」

　 低く、 医師達に尋ねる。　

　「しばらくは目を覚まされないかと……だいぶお心がお疲れのご様子で……」

　「子供はどうなのだ、無事か？」

　「はい、今のところは………」

　「そうか」

　 医師の言葉に無表情に頷く。

　 そして寝着のまま無造作にガウンを羽織ると、 部屋の扉へと向かった。

　「陛下っ　どちらに？」

　 サラーラの側にいないのかとノーザが慌てて声をかける。

　「すぐ、戻る」

　 そう答えると、 ファビアスは後も振り返らずに部屋を出ていった。