楽園の瑕
54
暗い闇の中をサラーラは一人立っていた。 前も後ろもわからない。 何故自分がこんなところにいるのかもわからなかった。 ” ……ファビアス様………どこ? ” 怖くなって自分の側にいるはずの男の名を呼ぶ。 しかしその声は音になって聞こえなった。 どんなに声を出そうとしても、 言葉はサラーラの喉の奥に隠れたまま出てこなかった。 恐怖が募る。 何とかしてここから出たかった。 自分がいつもいる場所。 あの部屋に戻りたかった。 ” 誰か……!” 音にならない声で必死に助けを呼ぶ。 ふと、 いつのまにか遠くに人が立っているのが見えた。 サラーラは夢中になってその人影に駆け寄った。 助けを乞おうとして、 顔を見た瞬間に硬直する。 ” ばあや………!” それは死んだはずの乳母だった。 ” サラーラ様……… ” 乳母はにっこりと笑いながらサラーラに手を伸ばした。 よく見るとその胸は血で真っ赤に染まっていた。 今もポタリポタリトと足元に血溜まりが広がっていく。 ” ば…あや…… ” サラーラは恐ろしさにどうすることもできず、 ただその場に立ちすくんでいた。 ” サラーラ様、 さあ、 ばあやと行きましょう ” 血に染まった姿のまま、 乳母がサラーラを招く。 ” いや……いやだ……… ” 自分に手を差し出しながら近寄る乳母の姿に、 サラーラは首を振る。 ” ばあや……いや……僕は行かない……っ ” その瞬間乳母の形相が変わった。 優しく微笑んでいた顔がみるみる青ざめて狂気の色を浮かべる。 目から赤い涙を流しながら、 サラーラを睨みつけた。 ” 汚れた……っ 汚れてしまった……っ 私の可愛いサラーラ様が………あの男なぞに 汚されて……っ! ” 鬼の形相でサラーラを睨む。 ” 違うっ ばあや………僕は……ファビアス様は……っ ” 必死に首を振るサラーラを乳母はなおも責めたてた。 ” ばあやを殺したあの男に抱かれて悦んでいる……っ 私の可愛いサラーラ様は汚れて しまった! ” ” ばあや……っ 違うっ 僕は汚れてなんていないっ ” サラーラは激しく首を振った。 乳母の詰り声がサラーラの胸に鋭く突き刺さる。 違う、 と思いたかった。 毎晩ファビアスに抱かれることが、 彼に抱かれて悦ぶことが間違っていると思いたくなかった。 彼の胸はあんなに温かくて優しいのに…… そんなサラーラを乳母は狂った目で睨みつけた。 ” それではその体は何? そんな体で……そんなお腹で……っ ” その言葉にサラーラは自分の体を見下ろす。 ” ………ひっ! ” 自分の体が真っ赤な血で汚れていた。 見ると手のひらにも血が滴っている。 そして………サラーラのお腹が大きく膨れ上がっていた。 ” い、や………いやあっ! ” 血に染まったお腹が激しく動く。 ” 汚らわしいっ! サラーラ様はもう私の可愛いサラーラ様じゃないっ! 汚れたっ 汚れてしまった………っ あんな男の子を………っ ” 恐怖に震えるサラーラを指差し、 乳母は高らかに哄笑した。 ” いやっ! 何? いやあっ ” うごめく自分の腹を見つめて、 サラーラは激しく首を振りつづけた。 その間にもどんどんと体が血に染まっていく。 突然サラーラの腹が引き裂かれた。 ぱっくりと開いた腹から何かが出てくる。 そして………… 「いやああああああああっ!!!」 サラーラは耐えられず、 絶叫した。 |