楽園の瑕

 

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    サラーラ達の足が一瞬止まる。

  モルディアはなおもサラーラを睨みつけながら、 あざ笑うように言った。

 「そう言えばまだ名前を申し上げておりませんでしたわね。 タルア公爵の娘、 モルディアと申します。

以後、 お見知りおきのほどよろしく」

 「モルディア……さま」

 「陛下とは従兄弟……になるのでしょうか。 幼い頃よりとても可愛がっていただきましたわ。 もちろん、

大人になった今もそれはそれは親密に………」

  含みのある言い方に、 さすがのサラーラもモルディアの言いたいことがわかった。

  この女性はファビアスとの間がただの男女のものではないと、 そう言いたいのだ。

  血の繋がりもある自分はファビアスにとって今も大事な存在なのだと。

  体が震えるのを感じる。

  ファビアスからは彼女のことはあのサラーラが庭での一幕を垣間見た一件の時に聞いた。

  抱きしめられながら彼女とはもうなんでもないのだと何度も囁かれた。

  今はサラーラだけだと告げる言葉に、 あの時不思議なほどの安堵を覚えたのを思い出す。

  だが、 今こうして実際モルディアを目にすると、 その強烈な存在感に圧倒される。

  それは自分に絶対的な自信を持つ女の強さだった。

  こんな綺麗な人とファビアス様が………

  にわかにサラーラを不安が襲いかかる。

  自分に気後れしたようなサラーラの様子に、 モルディアは唇の端を吊り上げた。

  しかしこれで満足したわけではない。

  もっともっと、 この憎い存在を痛めつけなければ気がすまない。

  父との計画は密かに進められている。

  それを考えると今目立つ行為は避けた方がいいのはわかっている。

  しかし憎い存在を目の前にして、 おとなしく見過ごすなどモルディアのプライドが許さなかった。

 「陛下の御子を懐妊されたそうですわね。 お祝いを申し上げますわ」

  サラーラに向かって祝いの言葉が述べられる。

  しかしその目は少しも笑っていなかった。

  サラーラの怯えと不安がひどくなる。

  すぐに部屋に戻りたかった。

  その気持ちを伝えるように側のノーザの腕をぎゅっと掴む。

 「サラーラ様はご気分が優れないようです。 早くお部屋へ……」

  ノーザはサラーラの気持ちに気付き、 早くこの場を立ち去ろうと衛兵に言葉をかけた。

  だが、 モルディアが簡単に見逃すはずがない。

 「お待ちください。 私はお祝いを申し上げているのです。 それなのにその態度はあまりでは

ございませんこと? それとも私のような者からは祝いの言葉さえ受け取れないと?」

 「モルディア様、 そのような………妃殿下はご気分が優れないと………」

 「あら、 そんなに繊細な心をお持ちとは存じませんでしたわ。 なにしろ敵国の王に素知らぬ顔で

嫁げるようなお方ですもの」

 「モルディア様っ」

  あまりの言いように、 ノーザがたまらず声を荒げた。

 「お黙りなさい。 あなたのような身分の者が私の名を軽々しく口にしないで欲しいわ」

  きっと睨みつけられる。

 「主が主なら侍女も侍女ね。 揃いも揃って大層な神経の持ち主ですこと」

  何を言っているのだろう、 この人は……

  侮蔑の目を向けられ、 サラーラは怖くて怖くてたまらなかった。

  モルディアが言っている言葉の意味もわからない。

  自分が何をしたというのだろう。

 「自分の国が滅ぼされ、 父である王や王妃、 それにご兄弟の方々が殺されたというのに、 平然と

その憎い敵のベッドに潜り込んでいるのですものね。 しかもその敵の子まで身ごもって……………

あの世で皆様お嘆きになってらっしゃるんじゃなくて? 自分達を滅ぼした敵に身をまかせるなど

なんて穢らわしいって……!」

 「モルディア様! いくらあなたと言えどお言葉が過ぎますっ サラーラ様はこの国の正妃様で

ございます!」

 「私なら敵国の国王に抱かれるくらいなら死を選ぶわ。 自分の国を滅ぼした血で塗れた男の手に

穢された恥知らずな体になるくらいなら」

  穢れた体……!

  その言葉がサラーラの胸に鋭く突き刺さった。

 「サラーラ様っ さ、 早くお部屋へ」

  毒のある言葉を吐き続けるモルディアから庇うようにノーザがサラーラを部屋へと促がす。

 「お待ちなさいって言っているでしょう!」

 「モルディア様、 これ以上はサラーラ様への侮辱とみなし、 陛下に申告いたしますがよろしいの

ございますか?」

 「……!」

  ノーザの言葉にモルディアが悔しそうに口をつぐんだ。

  いくら彼女でもファビアスの怒りを被ることは避けたかった。

  じっと自分達を睨みつける視線を背に、 サラーラ達は城の中へと戻っていった。

 「サラーラ様、 大丈夫でございますか? 申し訳ございません、 モルディア様がいらっしゃると

知っていれば庭になど………」

  気遣わしげに言葉をかけられる。

  しかしサラーラの耳にその声は届いていなかった。

  穢れた体……恥知らず…

  モルディアが放った言葉の刃はサラーラの心を深く傷つけ、 それは目に見えない傷となって

サラーラを苦しめていた。



 







                   
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