楽園の瑕

 

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    突然自分の目の前に現れた女性にサラーラは目を見開いた。

  黒く波打つ艶やかな髪、 豪奢な真っ赤なドレスに覆われた豊満な肢体を持つ艶やかな女性。

  しかしその体からはきつい香水の匂いが漂い、 サラーラは気分が悪くなるのを感じた。

  そこに立っていたのはモルディアだった。

 「あなたは………」

  サラーラは怖れを含んだ目で女性を見つめながら小さくつぶやいた。

  目の前にいる女性が先日ファビアスとこの庭を仲良く散歩していた相手であることに気付いたのだ。

  そして、 彼女が以前ファビアスの寵愛を受けていたことも。

 「お初にお目にかかりますわ、 サラーラ王子様」

  モルディアの真っ赤な唇がねっとりとした声で挨拶を告げる。

  彼女はサラーラを 「王子」 と呼んだ。

  彼を正妃とは認めないという意思表示だ。

  しかしサラーラはそのような事には気付かなかった。

  ただ黙ってギクシャクとお辞儀をするだけだった。

  が、 側にいたノーザ達はそのことに気付いていた。

  モルディアが依然ファビアスを諦めず、 今だ妃の座を狙っているという城中に密かに囁かれている

噂を思い出す。

  もしやサラーラに何か危害を加えるつもりでは、 と危惧し、 正妃を庇うように前に出る。

 「………サラーラ様、 風が冷たくなってまいりました。 お部屋に戻りましょう、 大事なお体に

触ります」

  わざと 「大事な」 という言葉を強調して言う。

  今、 サラーラはファビアスの寵愛を一身に受けるただ一人の妃だった。

  しかも彼の子供をその体に宿している。

  いかにモルディアが王家の血を引いていようと、 国内有数の公爵家の令嬢であろうと、 サラーラとは

地位もその身の重要さも格段に違うのだ。

  ノーザの言葉にモルディアはぴくりと目尻を上げた。

  言葉の意味に気付いたのだ。

  胸の内にまた嫉妬の炎が沸き起こる。

  目の前に立つ憎い人間の姿を見つめる。

  ほっそりとした体、 背中に流れる髪はどこまでも白かった。

  髪だけではなくその肌も透き通るように白い。

  こんな貧弱な………

  病のようにどこもかしこも色のない、 その上唯一の色彩はその瞳の他のその人間にも見たこともない

気味の悪い赤だけ。

  こんな男とも女とも知れない薄気味悪い化け物に自分はファビアスも正妃の座も奪われたのだ。

  その上、 その身に栄光を約束する国王の子まで宿している。

  自分が受けるはずだった栄光、 地位、 権力、 全てがこの目の前の人間のものなのだ。

  今ごろファビアスの寵愛を一身に受けて、 彼の子供を宿しているのはこの自分だったはずなのに…!

  嫉妬と悔しさで目の前が真っ赤になる。

  恐ろしいほどの目で自分を睨みつける女性に、 サラーラは怯えの色を濃くした。

  ずっとマナリスでもこの国に来てからも大切に守られて暮らしてきたサラーラにとって、 モルディアから

向けられた敵意と悪意は未知のものだった。

  初めて向けられた悪意に、 無意識に怯える。

  怖い……

  知らず、 あとじさる。

 「サラーラ様、 さ、 お部屋へ………」

  そんなサラーラの様子にノーザが心配そうに城の中へと促がす。

 「う、 うん……」

  促がされるまま、 足を踏み出した。

 「大層なご心配のなさりようですこと」

  そんな彼らにモルディアが侮蔑のこもった言葉を放った。









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