気を失ったサラーラを診るために呼ばれた医師が診察後、 ファビアスに伝えた言葉は

思いも寄らぬことだった。

　 ファビアスの目が驚愕に見開かれる。

　「はい、 サラーラ様はその体に男と女の性、 両方を持っておられます。」

　 医師も驚きを隠せない様子で興奮気味にそう話した。

　「……そうか……それで納得した。」

　 最初の驚きが治まると、 ファビアスが合点がいったという風に頷いてみせた。

　 おかしいとは思っていたのだ。

　 いくら 「神に愛された子」 であるにしても、 マナリス王のサラーラに対する扱いは

異常に思えるほど厳戒なものだった。

　 いやしくも王子であるサラーラの存在を民にも知らせず、 隠すように城の奥深くに

閉じこめるなどよほどの警戒のしようだ。

　 その上、 サラーラに接する人間も限られていたのだろう。

　 部屋から出てきたサラーラが大勢の人間を見て戸惑い怯えた様子を見せたことでも

わかる。

　 おそらく生まれてから会った人間は数えるほどだったに違いない。

　「半陰陽……男でもあり、 女でもある人間……か。」

　 この国や他の古い伝統を持つ国々では、 稀有な存在である半陰陽は両の性を

持つが故に、 「完全なる者」 としてその身は神聖なものとされてきた。

　「真に神に愛された子、 であったのですね、 あの方は。 その身に完全な性を合わせ

持つなど……マナリス王が神の怒りを恐れたのもわかります。 万が一にもあの方に

何かあれば……いや、 そればかりではない。 誰かがあの方を手に入れ、 身ごもらせ

たとしたら、 マナリス王家の血筋の行方すら……」

　 今まで驚きのあまり言葉を失っていたヴァルクが、 ファビアスの側でそうつぶやいた。

　 ファビアスの目がすっと細まる。

　「身ごもる……子を為せるのか？」

　「拝見したところ、 問題はないかと……」

　 ファビアスの問いに医師が控えめに答える。

　「そうか……」

　 それを聞いたファビアスの口に笑みが浮かんだ。

　「…………ばあや、 白い。 空も地面も木も何もかも全部白い……！」

　 サラーラは馬車の外の景色に驚いた声を上げた。

　「話に聞いたことあります。 雪というものらしいですよ。 空から降ってくるとか。」

　「雪……」

　 サラーラはどこまでも白い世界をうっとりとした目で見ていた。

　「僕とおんなじ……真っ白なんだ…」

　「本当に。 サラーラ様と同じくらい美しい景色ですわ。」

　 乳母はにっこりと笑いながら赤ん坊の頃より育てた大切な王子の白い髪の毛を

優しく撫でた。

　「ここがあの人の国なの……？」

　 サラーラの言葉に乳母の手が止まる。

　「……サラーラ様、 いいですか。」

　 馬車の中は二人だけだったが、 それでも声を潜めて重々しく口を開く。

　「あの男に気を許してはなりませんよ。 いいえ、 あの男だけではありません、 この国の

全てに。 この国がマナリスを滅ぼしたのです。 あの男が国王様や王妃様を殺したのです

から。 いいですか、 決して心を許してはなりません。」

　 サラーラの目に動揺の色が浮かぶ。

　「だって……あの人、 僕に優しかったよ。」

　「どうだか……あの男のサラーラ様を見る目には油断ならないものがあります。

何も知らないサラーラ様に何をさせようというのやら……。 サラーラ様、 国王様他

お兄様や弟君、 王家の方々が亡くなられてしまった今、 マナリス王家の血を受け継ぐ

者はあなた様だけなのですよ。 そのことを決してお忘れになってはいけません。」

　 怖いほど暗く重々しい声で話す乳母に、 サラーラは困惑しながらも頷くしかなかった。