楽園の瑕

 

 

 

 

 

  来い、 と差し伸べられた手をサラーラは無意識に握っていた。

  恐怖はいつのまにか消えていた。

  男の自分を見る目に優しい色を見つけたからだろうか。

  サラーラは男の胸の中に抱きかかえられるようにして、 17年間過ごした部屋を

後にした。









 「サラーラ様あっ!」

  長い階段を上って行くと広い場所に出た。

  そこには乳母が涙を流しながら自分を見て叫んだ。

 「ばあやっ!」

  側に駆け寄ろうとする。

  が、 男の腕がそれを許さなかった。

  足元でクルシュがワンッと一声吼えた。

 「ばあや……っ」

  サラーラの方へ来ようとする乳母の体を兵士が取り押さえている。

  サラーラは自分をしっかりと抱えている腕の主の顔を仰ぎ見た。

  その表情には懇願の色が浮かんでいた。

 「あれはお前の乳母か。」

  男の問いに必死に頷く。

 「そうか……。」

  男はふっと笑うと、 背後に控えるヴァルクに女を解放するように告げた。

 「サラーラ様っ!」

  乳母は転げるように走り寄って来た。

  サラーラを抱きしめようとして、 それをさえぎる男の腕に気付く。

  大切な王子が誰の腕の中にいるのか、 その時になって初めて気付いた乳母は

恐怖の表情を浮かべた。

 「お、 お願いです……っ サラーラ様は何もご存知ないのですっ どうかお命だけ

は……お願いですっ!」

  王家の者は全て捕らえよと言う先程のファビアスの言葉を聞いていたのだろう。

  必死にサラーラの助命を乞う。

 「ばあや……」

  その時になってようやくサラーラは自分を連れ出した男がこの国の者ではないことに

気付いた。

  男だけでなく、 周りにいる物々しい兵士達が全て……

 「お父様は……お母様は……?」

  周りを見まわしても自分の知る顔は乳母以外いなかった。

 「国王は死んだ。 王妃もだ。 この国は滅んだんだ。」

  男の告げる言葉にサラーラは大きく目を見開いた。

  国が……滅んだ?

  父も母も死んだ、 とこの男は言うのだ。

 「ばあや……お父様は……っ?」

  サラーラの言葉に乳母はただ泣きながら首を振るだけだった。

 「お前は俺が国へ連れて行く。 俺の側に置く。」

  呆然とするサラーラの耳元に男がそう囁いた。

  だが、 あまりに大きい衝撃を受けたサラーラの耳にはその言葉は届かなかった。

 「サラーラッ?!」

 白い顔をますます白くしたサラーラは、 ファビアスの腕の中に倒れこむようにして

意識を失った。









                 
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