楽園の瑕

 

 

 

 

    ファビアスは自分の見ているものが信じられなかった。

  あの隠された扉を見つけたときには、 城の外への抜け道を見つけたと思っていた。

  だが、 その考えは奥に進むにつれ消えていった。

  緩やかに下っていく階段の所々に灯された明りはどう考えても装飾用だった。

  そして行きついた先にあったのは明るく広い空間だった。

  溢れるほどに緑の植物が茂り、 色とりどりの花が咲き乱れている。

 「ここは一体……」

  後に続いてきたヴァルクも思いがけない光景に言葉を失っていた。

  美しい空間だった。

  しばらく陶然とその光景を眺めていたファビアスは、 その奥にまた扉があることに気付いた。

 「ファビアス様……」

  ヴァルクもその扉に気付く。

  扉に近づくと、 中から何かが吼える声がした。

 「誰か、 いる。」

  ファビアスはすっと表情を厳しくすると、 思いきり扉を開け放った。









  中にいたのは信じられないほど美しい少年だった。

  白い犬の首にしがみつき、 怯えた目をこちらに向けていた。

  「……お前は誰だ。」

  思わず問いかけた声が妙にうわずる。

 「ファビアス様、 この者……」 

  後ろに立つヴァルクも驚きを隠せない様子だった。

  もっと近くで見たい気持ちを抑えきれず、 足を踏み出す。

  途端に少年の抱いていた犬が低くうなり出した。

 「クルシュ、 だめ……」

  少年が犬をなだめる。

  その声は透き通った響きを持っていた。

  少年の近くにかがみ込むと、 彼は怯えたように犬の毛皮に顔をうずめた。

 「……顔をあげろ。」

  もう一度見たくてそう言った。

  その声に少年が反応する。

  ゆっくりと上げられた顔に思わず息を飲んだ。

  まっすぐ自分に向けられた赤い瞳から目が離せなくなる。

 「……神に愛でられた者…………」

  背後からヴァルクのうめくような声が聞こえた。

  さらりと犬の背に零れ落ちた髪は雪のように白かった。

  髪の毛だけでなく、 どこもかしこもが真っ白だった。

  神に一切の色彩を奪われたその中でただ一つ、 瞳だけがどこまでも深く透き通るほどに

赤い輝きを放っていた。

  そして、 その赤い瞳を見た瞬間、 ファビアスは自分の心がこの瞳に囚われてしまった

ことを悟った。

 「……そう言えば聞いた事があります。 このマナリスの王家に十数年前、 神に愛でられた

王子が生まれたと……確か王の第二王子……名は……」

 「サラーラ。」

  ファビアスの口から名前が零れ落ちる。

  その名に少年の目が大きく見開かれる。

 「そう、 サラーラ王子です。 ファビアス様、 どうしてそれを……」

 「昔、 聞いた事があった。 神に愛されたゆえにその色を全て奪われたという王子

のことを……まさか、 本当だったとはな。」

 「おそらく、 マナリス王はそれゆえに王子をこんな場所に隠したのでしょう。 ……

…何者にも傷つけられることのないように……国の民からもその存在を隠すようにして。」

 「神の怒りを怖れたか。」

 「はい。」

  ファビアスは目の前で震えている少年をじっと見つめ続けた。

  細い、 片手でもその体をへし折ることができそうなほど少年は華奢だった。

  急速に自分の中にこの少年に対する愛しさが生まれ出てくる。

  守りたい。

  自分の腕の中に抱え込んで少年を傷つける全てのものから守ってやりたい。

  そう思う自分がおかしかった。

  国の内外に勇猛で知られているこの自分が、だ。

  しかし、 こみ上げるこの感情を否定することはできなかった。

 「……来い。 俺の国へ連れていく。」

  知らず、 少年に向かって手を差し伸べていた。



 







                 
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