楽園の瑕

 

 

 

 

    何かがおかしい。

  城の中がここ数日慌ただしいことに気付いていた。

  乳母や他の者達が何も言わなくても気配でわかる。

  自分がいるこの場所の外で何かが起こっているのだと。

  そして今日。

  いつも来る時間になっても乳母は顔を見せなかった。

  他の、 いつもはうるさいくらいに周りを動き回る人の姿が一人もない。

 「……ばあや…………何故来ないの? 誰か………」

  し、 んとした部屋の中に一人いると、 心細さが募ってくる。

  どうしたんだろう。

  時間が過ぎるとともに不安が募ってくる。

  くうん……

  主の不安を感じ取ったのか、 クルシュが鼻を擦り寄せてきた。

 「クルシュ……お前何か知ってる? ばあや達どうしたんだろう……」

  その白い毛皮に顔をうずめる。

  幼い頃から一緒に過ごしてきたその犬は、 自分のたった一人の友達だった。

  突然、 クルシュが顔を上げると、 部屋の入り口に向かって唸り声を上げた。

 「クルシュ?」

  誰かがやって来る?

  しかし警戒心を剥き出しにうなる犬の姿に、 それがばあや達ではないことを悟った。

  バタンッ

  扉が突然開いた。

  ワンッワンッワンッ!

  クルシュが途端に狂ったように吠え出した。

 「……誰? ばあや?」

  吼える犬の後ろから侵入者に問い掛ける。

 「……子供? 少年のようだな。」

  その声に答えるように、 低い男の声がした。

  声とともにその姿が現れる。

  見なれない姿に思わず小さな叫び声を上げる。

  クルシュの首をぎゅっと抱きしめる。

  今まで見たこともない男だった。

  あんなに大きくて若い男は初めて見た。

  自分が今まで会った人間はばあやか身の周りの世話をする数人の女、 そして父親である

王だけだった。

  おそるおそる犬の陰から男の姿を見る。

  頑健な皮の鎧をまとっている。

  精悍に整った顔から黒い目が自分を驚いたように見ていた。

  肩下の辺りまで伸びた黒髪を無造作に後ろで一つに縛っている。

  自分を見る目が鋭い光を放っている。

  それが恐ろしいものに感じて、 またクルシュの首に顔をうずめた。

 「……お前は誰だ。」

  男が妙にかすれた声で訪ねてきた。

 「ファビアス様、 この者……」

  男の後ろに続いて入ってきた男が自分を見て驚いたような顔をした。

  その目には畏怖のようなものさえ浮かんでいる。

  ファビアスと呼ばれた男は手をあげてその男の言葉を制すると、 黙って近寄ってきた。

  クルシュが唸り声を上げる。

  手を離すと今にも男に飛びかかりそうだった。

 「クルシュ……だめ。」

  途端おとなしくなる。

  しかしその目は侵入者をじっと睨みつけていた。

  男は近くまで歩み寄ると、 その場に片膝をついて身をかがめた。

 「……顔をあげろ。」

  短くそう言う声に恐る恐る顔を上げる。

  先程よりずっと近くにある男の顔をじっと見つめる。

  みるみる男の表情が信じられないものを見る目に変わっていった。



   







                  
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