楽園の瑕

 

 

 

 

 

  真っ赤に染まった空に黒い煙がもうもうと立ちのぼっている。

  逃げまわる人々の悲鳴や叫び声があちらこちらから聞こえてくる。

  進入した兵士達が歩きまわる城の中を、 ファビアスはゆっくりと奥に進んでいった。

  身につけた革の鎧がすすに黒く汚れている。

  城の奥の間に入ると、 中央に集められたこの城の住人に目を向けた。

  十数人の人間が数人の兵士に刃を向けられて従容と床に座りこんでいる。

 「……これで全員か?」

  思ったより少ない人数にファビアスは眉をひそめた。

 「はい……王と王妃、 王子王女達は皆はすでに自害しておりました。 他の王族貴族達も

ほとんどが自害したか逃走したようで、 城内に残っていたのはこの者達だけのようです。」

  兵士達を指揮していた男が彼の前に膝を折りながら答える。

 「王家に連なるものは全て捕らえろとの王の命令だ。 追っ手を出せ。 必ず捕まえろ。」

 「はっ。」

  男はもう一度深く頭を下げると、 すぐさま側にいた兵士に指図を出した。

  それを横目で見ながら虜囚となった人々を見る。

  その目が何かに気付いたように光った。

  つかつかと虜囚に近づくと、 一人の女の前に立ち止まった。

  そろそろ中年にさしかかるだろうその女は、 自分の前に立った青年を怯えた目で

見上げると、 すぐにその目を伏せた。

 「……女、 何を見ていた。」

  その声に女の肩がびくっと一瞬震えた。

 「ファビアス様?」

  後に従った男が訝しげにファビアスを見る。

 「答えろ。 何を見ていた。」

  もう一度女に問う。

  しかし女は低く頭を下げたまま、 何も言おうとはしなかった。

 「ファビアス様、 その女が何か……」

 「ヴァルク将軍、 そこの垂れ布の辺りを調べろ。」

  ファビアスは先程女がちらりと見た部屋の奥を指差した。

 「……何もないようですが。」

  すぐにその周辺をヴァルクが数人の兵士と共に調べるが、 何も出てこない。

  その言葉を聞いたファビアスは、 自分もそこに行くと辺りを注意深く眺めた。

  と、

  垂れ布に隠れるように立った一本の柱の陰に不自然な風の流れを感じた。

 「……ここか?」

  その辺りの壁を少しづつ手で叩いていく。

  カタンッ

  ある場所を叩いた途端、 ぽっかりと壁の一部分に空洞ができた。

  ファビアスの口元に笑みが浮かぶ。

 「これは……」

  後にいたヴァルクが驚いたような声を出した。

 「行くぞ。」

  ファビアスはそのまま悠然と中に踏みこむ。

 「お待ち下さいっっ!! そこは……っ」

  背後で先程の女が悲鳴を上げた。

  ちらりと目の端に映った女は取り乱したように必死にこちらにこようとするのを、 兵士に

取り押さえられていた。

 





  平和な小国マナリスにここ数年で勢力を伸ばしてきたタラナートが突然攻め入ったのは

ほんの数日前のことだった。

  それまで近隣の国と争いもなく平和に暮らしていたマナリスの人々は、 ほとんど抵抗する

間もなく強大なタラナートの力の前に屈した。

  タラナートの王子ファビアスが王城に入った時にはすでに城は陥落し、 王をはじめとする

王家の人々は自害して果てていた。

  小国ではあるが古い歴史を誇っていたマナリスが滅亡したのは、 タラナートが攻め入った

ほんの数日後のことだった。









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