楽園の瑕

 

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   「………お取り込み中申し訳ないですが……」

  そのまままたキスに突入しようとした二人に、 無粋な声が割って入った。

 「………リカルド、 またお前か」

  いつもいつも良いところで邪魔をしてくれる腹心に、 ファビアスは憮然とした顔をした。

 「仕方ないでしょう、 我が国王殿は一度正妃様のところに行かれると最後、 仕事のことを

お忘れになっていつまでも戻ってこられないのですから」

 「………今戻ろうとしていたところだ」

 「ファビアス様、 もう行っちゃうの?」

  二人の話にサラーラが寂しそうな顔をして見せた。

  その顔にファビアスが上げようとしていた腰を思わず下ろしてしまう。

 「リカルド、 もうお仕事なの?」

  訴えるような目を向けられ、 リカルドはうっと言葉に詰まった。

  さすがのリカルドも無邪気に尋ねるサラーラには厳しく接することが出来ない。

 「サラーラ様、 陛下は仕事が………」

 「もう少しだめ? まだ来られたばかりなのに…」

 「いや、 ですから……」

 「まだお茶も飲んでないし、 美味しいお菓子もあるんだよ?」

 「あ……いや……」

 「そうだ、 リカルドも一緒にお茶飲んで」

 「わ、 私も、 ですか?」

 「それはいいな。 リカルド、 せっかくのサラーラの誘いだぞ。 断れんだろう」

 「それは………しかしですね…」

  国王を仕事に連れ戻しに来たのに、 どうして自分まで………

  そう思いながらも、 結局は期待に満ちた目で自分を見るサラーラの視線に断りきれず、

一緒にお茶の席を囲むことになった。

 「これね、 ノーザが持ってきてくれたの。 とっても美味しいんだよ」

  次第に打ち解けてきた侍女の持参したお菓子をサラーラが嬉しそうにファビアスに差し出す。

 「そうか」

  ファビアスが顔を綻ばせながら口元に差し出された菓子を口にする。

 「………陛下、 顔がにやけてますよ」

  って、 あなた、 甘いものはだめだったんじゃあ…

  思わず内心で突っ込んでしまうリカルドだった。

  甘いものが苦手のはずの国王は、 愛妃の差し出すお菓子を嬉しそうに食べている。

  どう見てもラブラブな新婚カップルだった。

  もう勝手にしてくれと、 目の前の国王夫妻から目を背けると、 リカルドは手もとの

お茶をぐいと飲んだ。

  おとなしくテーブルの下で水をもらっていたクルシュも、 あふんと大きくあくびをすると、

前足に顔をのせてくてっと目を瞑った。







  楽しそうにしていたサラーラが、 ふと顔をしかめてお茶のカップをテーブルに戻した。

  そのまま傍らのファビアスにもたれかかるとじっと黙りこむ。

 「どうした?」

  今まで笑っていたサラーラが突然黙りこんでしまったので、 ファビアスが何事かと

顔を覗きこんだ。

 「お茶がまずかったか? それとも菓子が何か……」

  側に控えていたノーザがその言葉にうろたえる。

  まさか自分が淹れたお茶が……

  しかしサラーラはううんと首を振ってみせた。

 「なんでもない。 ちょっと変な気がしただけ。 お茶は美味しいよ」

 「疲れたか? 少し休むか?」

 「うん………」

  心なしか顔色も良くない。

  ファビアスは心配そうにサラーラを抱き寄せると、 その腕に抱き上げた。

 「ベッドに連れていってやる、 少し休め」

  そう言うファビアスに、 サラーラはおとなしく身を任せた。

  寝室に入っていくファビアスの後をノーザが心配そうについて行く。

  クルシュも主のことが心配なのかおとなしく後に続いた。

  ベッドに降ろされたサラーラは、 そのまま離れようとするファビアスの腕にしがみついた。

 「サラーラ、 医師を……」

 「なんでもない。 ちょっと疲れただけだから……ファビアス様、 ここにいて」

  先ほどかすかに感じた胸のむかつきはすぐに治まった。

  しかし何故か急にとても心細くなったのだ。

  ファビアスに側にいてもらいたくて仕方がない。

 「眠るまででいいから……」

 「安心しろ、 ずっとここにいる」

  そう髪の毛を撫でるファビアスの手に、 サラーラはほっとしたように目を閉じた。

  しばらくすると、 小さな寝息が聞こえてきた。

  ファビアスは眠るサラーラの顔をじっと見ていたが、 やがてそっとその場を離れた。









 「サラーラ様は?」

  居間に戻ると、 リカルドが心配そうに尋ねてきた。

  さすがに国王夫妻の寝室にまでは入ることが出来ず、 居間でファビアスが戻ってくるのを

待っていたのだ。

 「心配ないだろう、 少し疲れたようだ」

 「あなたが無茶をされているのではありませんか。 あのように細いお体で陛下の寵愛を

毎晩受けるのは大変でしょう。 少しお控えになられた方がいいのでは?」

  大事ないと知ったリカルドは、 ここぞとばかりに揶揄ってみせた。

 「………余計なお世話だ」

  憮然としながらも、 ファビアスは心の中で少し自分の行為を反省していた。

  確かに毎晩毎晩繰り広げられる房事はサラーラの身に負担をかけているようだった。

  昨夜もあまりの激しさに泣き出すサラーラが可愛くてついついやりすぎ、 最後は気を

失うほどに抱いてしまったのだ。

  少しやりすぎたかな……

  疲れた様子を見せるサラーラにさすがに少し後悔してしまう。

  サラーラの体も考えなければ……

  そう思いながら、 仕事へと促がすリカルドに続くファビアスだった。









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