楽園の瑕

 

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    一晩中サラーラの体を貪ったファビアスは、 疲労困憊して眠るサラーラを部屋に残し

政務を行なう部屋へと向かった。

  サラーラを見張る兵の数を増やすことは忘れなかった。

  二度とサラーラを逃がすつもりはなかった。

  部屋に並ぶ重臣の前で、 ファビアスはサラーラを自分の正妃に迎えることを告げた。

  驚き、 反対しようとする重臣の言葉を冷酷な眼差しで抑える。

 「……今日、 この場をもってサラーラは俺の妃だ。 皆に伝えろ。 このファビアスが正妃を

迎えたとな。」

  傲然と告げるファビアスに反対するものは、 もう誰もいなかった。

  即刻、 サラーラは正妃の部屋へとその身を移された。

  しかし、 その豪奢な部屋からは一歩も外に出ることを許されなかった。

  部屋の外には常に兵士達が監視の目を光らせていた。

  新しくサラーラに付いた侍女は明るく朗らかな女性だったが、 乳母を目の前で殺された

サラーラにとって心を開くことのできる相手ではなかった。

  毎日犬のクルシュを相手にぼんやりと部屋の中で過ごすようになる。

  まるでマナリスにいた頃に戻ったようだった。

  どこに行く事もできず、 何もする事がないまま、 ただクルシュと戯れていた日々。

  違うのは優しい乳母がそばにいないことだった。

  ファビアスは前と同じように毎晩サラーラの元に訪れては一緒に夜を過ごす。

  一緒に夕食を取り、 ベッドでサラーラを抱き、 朝サラーラと共に朝食をとってから

政務に出かけるようになった。

  あの激しい怒りはもうどこにも見当たらなかった。

  以前と同じように優しい笑みをサラーラに向ける。

  優しくサラーラを抱き寄せる。

  しかし、 決してサラーラを外に出そうとはしなかった。









  数日後、 慌ただしくファビアスとサラーラの結婚式が執り行われた。

  大急ぎで仕立てられた衣装を身にまとったサラーラがファビアスに導かれて

祭壇へと向かう。

  その顔は真っ青で、 今にもその場に倒れてしまいそうだった。

  ファビアスががくがくと震えてまともに立っていられないサラーラを抱えこみ、

引き摺るようにして式を執り行う大神官の前へと連れていく。

  サラーラは自分を束縛するファビアスの腕の中で身を震わせながら、 消え入り

そうなほど小さな声でつぶやき続けた。

 「いや……いや……お願い……」

 「諦めろ。 もう逃げられないぞ。」

  ファビアスがそんなサラーラの耳にことさら優しく囁く。

  その腕はサラーラの体をしっかりと押さえていた。

  嫌がるサラーラの手を取り、 上から押さえるようにして強引に証明書に署名させる。

  大神官が厳かに結婚の成立を告げた。

  その瞬間、 サラーラの目の前が真っ暗になった。

  ファビアスが上機嫌にサラーラの体を抱き上げる。

 「これでお前は完全に俺のものだ。」

  サラーラの体を抱き上げたまま、 ずらりと並んで式の成立に立ち会っていた

城の住人達の前を歩いていった。

  重臣、 将軍や国の主だった貴族。 兵士達、 侍女や下男、 馬番に至るまで城の

ほとんどの者が立ち並ぶ中を誇らしげに進んでいく。

  その二人の様子を憎々しげに見る目があった。

  モルディアだった。

  豪華な衣装を身にまといながら、 彼女は怒りに青ざめた顔で式の様子をじっと

見つめていた。

  認めることのできない光景だった。

  あの忌々しい化け物は今ごろ死んでいるはずだったのだ。

  それなのにどうしてあのようにファビアスの隣で正妃となる姿があるのだ。

  あまりの憎悪と嫉妬に息がつまりそうになる。

  周りの皆が自分を見てあざ笑っている気がした。

  化け物に王を奪われた哀れな女だと。

  恥辱に体が震える。

  我慢できない。

 「……今に見ていなさい。」

  その場所から引き摺り下ろしてやる。

  私から王を奪った憎い存在。

  決して許さない。

  激しい憎悪に身を焦がせながら、 モルディアはファビアスの腕に抱かれたサラーラの

姿をじっと見つめていた。









                   
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