楽園の瑕

 

25

 

 

 

   「ばあや………?」

  サラーラは乳母の異様な様子に怯えの目を向けた。

  青ざめ緊張した顔の中で、 ぎらぎらと目だけが異様な興奮に包まれているように

輝いている。

  手には何かを包んだ布ともう一つ大きな布を持っていた。

  自身も灰色のマントに身を包んでいる。

 「ばあや、 その姿は……」

  どう見てもどこかに行く格好に、 サラーラは何か嫌な予感にとらわれた。

 「サラーラ様、 早くお支度を。 ……王のいない今夜のうちに城から逃げるのです。」

 「!」

  乳母の言葉にサラーラは驚愕した。

 「逃げるって……どこに? それにどうやって……」

 「マナリスに帰ればサラーラ様を助けてくれるものがいるはずです。 生き残った兵も

どこかに隠れているはずです。 ある親切なお方が私に逃げ道を教えてくださいました。

この通り、 逃走のための準備まで。」

  乳母はそう得意げに言うと、 サラーラに準備をするようにせかした。

  しかし、 サラーラは身を強張らせたまま弱々しく首を振った。

 「そんな……だめだよ。 ここから逃げるなんて………ファビアス様が知ったら

絶対にお怒りになる。 捕まったら……」

 「サラーラ様! そのような事を言っている時ではありませんっ このままでは

あなたはずっとファビアス王の慰み者になったままなのですよ! マナリス王家の

血を引くたった一人の王子が、 こんな惨めな……っ 早く逃げましょう。 これ以上

王の汚らわしい手に触れさせてはなりません。」

 「いやだ……ばあや。 お願い……っ」

  サラーラは乳母の行動を止めようとした。

  部屋を出て行く時のファビアスの優しい笑顔が脳裏をよぎった。

 ” すぐ戻る。 いい子にしていろ”

  そう言って口付けられた感触を思い出す。 

  今逃げればファビアスにもう会えない。

  そのことが何故かサラーラの足を動かさなかった。

 「サラーラ様…っ!」

  動こうとしないサラーラに乳母の形相が変わる。

  おもむろに荷物から取り出した短剣を自分の喉に突きつけると、 ぎらぎらとした

目をサラーラに向ける。

 「! ばあや……っ」

 「サラーラ様がここに残るとおっしゃるのなら、 ばあやはこの場で死にます。

これ以上サラーラ様があの男に汚されるのを見てはいられませんっ」

 「ば、 ばあや……」

  ぶるぶると震えながらも、 しっかりと短剣を握り締めて自分の喉に突きつける乳母の

姿に、 サラーラは乳母が本気なのだと知った。

  慌ててベッドから飛び出して乳母に近寄る。

 「わかった……っ わかったから。 ばあやの言うとおりにするから!  お願い、

剣を下ろしてっ」

  サラーラは涙を浮かべて訴えた。

  急いで服を着ると震える手で乳母の手からマントを受け取る。

  サラーラがマントを羽織ったのを見ると、 乳母は扉を開けてサラーラを部屋の外に

引っ張っていった。

  部屋の外では、 見張りのために常にいるはずの兵達が皆その場に倒れていた。

 「ばあや、 これ……」

 「しっ 皆薬で眠っているだけです。」

  サラーラはその言葉に目を見張ったが、 先を急ぐ乳母にせかされるように

その場を後にした。

  ファビアス様……

  サラーラは涙を浮かべながら、 眠ったままの兵士達の守る部屋からだんだんと

遠ざかっていった。









                   
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