楽園の瑕

 

22

 

 

 

    「サラーラ王子の乳母が城のあちらこちらを探っている?」

  モルディアは目を輝かせて侍女の話に耳を傾けた。

  話によると、 その乳母は以前からファビアスに反感を持っていたらしい。

  自分の育てた王子がファビアスの慰み者になることに強い嫌悪を感じているのだ。

  ことあるごとにファビアスや城の者に敵意もあらわな態度を示しているという。

 「面白そうね。 ……もしかしたら王子を連れて逃げ出そうとでも考えているのかしら。」

  モルディアは自分の肩に垂れかかる黒く艶のある髪を手で玩びながら笑った。

 「もしそうなら……手を貸してあげようかしら。 ふふふ……そう、 そんなに必死なのに

可哀想ですものね。」

  モルディアの目に何かを企むような光が浮かぶ。

  サラーラがこの国からいなくなるのなら……ファビアスの前から消えるのであれば

なんでもよかった。

  それで乳母やサラーラがどうなっても、 自分の知ったことではない。

  そう、 たとえどのような酷い目にあっても、 その命を失うことになろうとも……。

  自分にはその権利があると信じていた。

  ファビアスは、 この国の王妃の位は自分のものでなければならないのだから。

  そしてその為の力を自分は持っているのだから。

  国の重臣である父タルア公の娘であり、 尊い王家の血を引き、 ファビアスの寵妃で

あるという力が。

 「その乳母に教えてあげるわ。 この城からの抜け道を。」

  モルディアはその美しい顔に凶々しい笑みを浮かべた。









  そして今日、 ファビアスとサラーラが遠乗りに出かけたという知らせが入った。

  モルディアは密かに人をやり、 乳母を誰にも知られぬよう自分の元に連れてくる

ように命じた。









  乳母は突然連れてこられた部屋のあまりの豪華さに目を見張った。

  そしてその部屋の真ん中にまるで女王のように立つ女性の艶やかな美貌に。

  黒く渦巻く巻き毛を豪奢に結い上げ宝石をちりばめている。

  豊満な肉体はその形を強調するようにデザインされたドレスによって、 妖艶な

色気をかもし出していた。

  女性は赤く塗られた唇に優しい笑みを浮かべると、 乳母の元に近寄ってきた。

 「……ようこそ、 この部屋に。 気を楽になさってちょうだいな。 私、 あなたを

ぜひ助けたいと思ってお呼びしましたのよ。」

  女性の思わぬ言葉に、 乳母ははっと顔を上げた。

 「助け……? 私を助けてくださる?」

 「ええ。 お気の毒なあなたの王子様も一緒に……」

  モルディアの言葉に、 緊張に青ざめていた乳母の頬に赤みが刺す。

 「私、 サラーラ王子の待遇についてはずっとご同情申し上げておりましたの。 仮にも

一国の王子にあのような……。」

  モルディアは乳母の手を取ると気遣うような表情を見せた。

 「あなたも辛いお立場でしょうね、 ずっとお育てしてきた大切な王子様が下賎な

もののように扱われるのを、 ずっと側で見なければならなかったのですもの。 よく

お耐えになりましたわ。」

  優しい言葉に乳母の目に思わず涙が浮かぶ。

 「……この国でこのような優しいお言葉をいただけるとは……思ってもおりません

でした。 なんてお優しい……」

  ずっと耐えてきた乳母の心の中の悲しみが一気に溢れ出す。

  その場に泣き崩れる。

  その様子を眺めるモルディアの目に冷たい光が点る。

  が、 その光は次の瞬間には消えていた。

  床に泣き伏せる乳母の肩に優しく手をかけると、 その耳元に囁きかけた。

 「ご安心なさい……私が助けて差し上げますわ。 ……この城の抜け道を教えて

差し上げましょう。 それを使ってお逃げなさい……王の隙を狙って……」

  泣き濡れた乳母の顔がはっと上がる。

  その目には希望の光が宿っていた。








  部屋に入ってきた時とは別人のように生気を取り戻した顔で出て行く乳母の後ろ姿を

見送りながら、 侍女の一人がモルディアに小さな声で囁く。

 「……大丈夫でしょうか。 モルディア様のお名前は申しておりませんが、 万が一

王がこのことを知ったら……」

 「心配いらないわ。 あの女、 私のことをすごく感謝した目で見ていたもの。 もし

捕まったとしても私のことは決して口にしない、 そう言った言葉は絶対守るわ。」

  モルディアの目に酷薄な光が浮かんだ。

  口元をゆがめて冷たく笑う。

 「サラーラ王子が捕まってしまうのもいいかも。 ……王は一度自分を裏切った者は決して

許さないわ、 例えどんなに寵愛したものでも。 あの化け物が王に殺されてしまうのも面白い

かもしれないわね。」









                 
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