楽園の瑕

 

21

 

 

 

    部屋の中に一人残された乳母は、座りこんだままじっと床を見つめていた。

  かすかに唇が動いて言葉を紡ぎ出す。

 「……早く……早くサラーラ様をお助けしなければ……。 あの男のせいで私の

可愛いサラーラ様が汚れていく……。 早く……ここからお連れして……どうにかして

ここから……」

  ぶつぶつとつぶやき続ける。

  その目にはどこか狂気のようなものが浮かんでいた。









  そして、 もう一人。

  城内で暗い感情を燃やし続ける者がいた。

  綺麗に整えられた爪を噛みながら、 苛々と豪奢な部屋の中を歩き回る。

 「……ファビアス様……どうしてあのような者に……。 あんな半端者にこの私の

どこが劣っているというのっ」

  美しい顔をゆがめ、 育ちに似合わない罵詈雑言を撒き散らす。

  国の重臣の一人、 タルア公爵の一人娘モルディアだった。

  王家の血筋をも引く彼女は、 数年前からファビアスの愛妾としてその寵愛を

独占していた。

  いずれは正妃にとも目されていた。

  ところが、 マナリスから戻ってきた途端、 ファビアスの訪れがピタリと途絶えた。

  そして、 侍女達の話によると、 ファビアスはマナリスの王子に夢中だという。

  しかもその王子は半陰陽……男でも女でもある薄気味悪い化け物なのだ。

  信じられなかった。

  ファビアスがそんなおぞましいものに心を奪われるなど、 到底受け入れられる話

ではなかった。

  第一、 今まで城内で蝶よ花よともてはやされてきた彼女の誇りとプライドが、

サラーラの存在を認めなかった。

 「ファビアス様はその王子に騙されているんだわ。 ……そうよ、 何か変な

術でも使ったに違いないわ。 半陰陽なんていう化け物ですもの。 ああ、 なんて

おぞましいことかしら。 腹の立つ……っ」

  なんとかしてファビアスの目を覚まさなければならない。

  そして、 もう一度自分の魅力で彼を虜にするのだ。

  ファビアスが王位についたと聞いた時には、 すぐにでも自分が王妃になれるのだと

有頂天になった。

  自分しか王妃にふさわしい人間はいないと思った。

 「……そうよ。 王妃にふさわしいのはこの私だけ。 早くファビアス様にそのことに

気付いてもらわなきゃ……」

  あの忌々しい化け物を遠ざけないと。

  モルディアは腹心の侍女の一人にサラーラの様子を窺わせるようにした。

  少しでも妙なことがあればすぐにでも知らせるようにと。

 「この城から……国から追い出してやるわ。 化け物には化け物にふさわしい場所に

行けばいいのよ。」

  サラーラさえいなくなれば、 またファビアスは自分の元に戻ってくる。

  モルディアはそう信じていた。

  そして、 様子を窺わせていた侍女がひとつの情報を持ってきた。

  サラーラの乳母がおかしな様子を見せている、 と。









                  
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