楽園の瑕
14
「サラーラ!」 部屋の扉が開くと同時に響いた声に、 サラーラはびくりとして手にしていた匙を取り落とした。 「サラーラ、 体はよく休めたか?」 びくびくとするサラーラの様子に気付く素振りを見せずに、 ファビアスは大股に近づくと ぐいっとサラ−ラの顎を持ち上げ、 おもむろに唇を重ねた。 「!」 とっさに反応をかえすことができない。 サラーラは目を見開いたまま、 ファビアスが強く自分の唇を吸い続けるのを受け入れるしか なかった。 「夕食か? どうだ、 この国の料理は。 口に合うか?」 ようやく口を離したファビアスは、 上機嫌のままテーブルの上に並べられた料理の数々に 目をやった。 激しいキスにぼうっとした頭のまま、 サラーラはこくりと小さく頷いた。 「……おいしい、 です。」 「そうか。」 ファビアスは満足そうに頷くと、 いきなりサラーラの体を腕に持ち上げた。 「っ!」 急に抱き上げられ、 サラーラはとっさにファビアスの首にしがみついた。 「サラーラ様っ!」 側に控えていた乳母が悲鳴じみた声を上げる。 「下がっていろ。 ここは俺達二人だけでいい。 皆、 下がれ。」 ファビアスは乳母の声にうるさそうにじろりと目をやる。 「おそれながら……っ」 「下がれ。」 顔を引き攣らせた乳母が何か言おうとしたが、 鋭く睨みつけられ、 仕方なく唇を噛み 締めながら頭を下げると、 しぶしぶと部屋を出ていった。 ファビアスは皆が部屋を出ていったことに満足気な表情をすると、 サラーラが座っていた 椅子に腰を下ろし、 自分の膝の上に彼を座らせた。 「な、 何……」 今まで父の膝にさえ座ったことのないサラーラは、 初めてのことにただうろたえる ばかりだった。 何をされるのだろう。 昨夜の出来事が脳裏に甦る。 「俺もまだ食事をとっていない。 サラーラ、 食べさせてやろう。」 ファビアスは膝の上で身を固くするサラーラにそう優しく囁くと、 テーブルに置かれた 匙を手に取った。 まだ湯気を立てるスープを一匙掬い、 サラーラの口元に持っていく。 サラーラはどうすればいいのか分からず、 目の前の匙をただ困った顔で見ていた。 「どうした? ほら、 口を開けろ。」 促がされてやっと口を開く。 ファビアスは注意深く口の中に匙を傾けた。 「どうだ、 美味いか?」 問われるが、 緊張しているサラーラには料理の味などわからない。 しかし、 機嫌を損ねては、 と小さく頷いた。 「そうか。」 頷いたサラーラにファビアスは嬉しそうに笑うと、 パンを手にとって小さく千切る。 また口元に差し出され、 サラーラは今度はすぐに口を開いた。 何度かそんなやり取りが続き、 これ以上もう入らないとサラーラは首を振った。 「……もう、 お腹一杯、 です。」 「これしきでか? 小食だな。」 そう言いながらも、 ファビアスはそれ以上無理強いすることなく、 今度は自分の 口に食べ物を運び始めた。 猛然とした勢いで食べ物が口の中に消えていく様子に、 サラーラは驚いた表情を 隠し得なかった。 今まで他の男性の食事をとっている姿を見たことがなかったが、 その勢い、 速さ、 量の多さに驚く。 だが、 早いが少しも下品でない食べ方に気持ちのいいものを感じ、 サラーラは ぼうっとファビアスの口元に見蕩れていた。 「ん? どうした?」 自分をじいっと見つめるサラーラの視線に気付き、 ファビアスは口元に持って いこうとしていた肉片を持った手を止めた。 サラーラはそれが何故か残念に思え、 知らず手を伸ばしてファビアスの手から 肉片をとっていた。 「サラーラ?」 訝るファビアスの口元に指先に持った肉を差し出す。 ファビアスは一瞬驚いたように目を見開いたが、 すぐに大きく破顔すると、 サラーラの 顔をじっと見つめたまま肉を口に含んだ。 ファビアスの口の中に消える肉に、 サラーラは満足したように小さく笑った。 「サラーラ。 今度はそれを食べさせてくれ。」 指さされた料理を素直に手にとり、 再度口元に運ぶ。 ファビアスはまたサラーラをじっと見つめながら料理を口にした。 そのままサラーラの指も一緒に口に含むと、 ついたソースを味わうように舌をはわす。 何故か、 その感触にぞくりとしたものを感じた。 「サラーラ……」 かすかにかすれた声でファビアスは囁くと、 テーブルに置いてあった杯を手にとり、 中の酒をぐいっと口に含んだ。 そのままサラーラに顔を近づける。 そっと唇を重ねられ、 サラーラは無意識に小さく口を開いた。 酒が流れ込んでくる。 口移しに飲まされ、 強い酒の匂いに頭がくらくらとしてきた。 口の中の酒が無くなった後も、 ファビアスは唇を離そうとしなかった。 そのままサラーラの口の中に残る酒の香りを味わうように、 口中に舌をはわす。 息も満足にできないほど激しく唇を奪われ、 知らずサラーラはファビアスの服の胸元を ぎゅっと握り締めていた。 頭の芯がぼうっとして何も考えられない。 ただ自分の口の中を我が物顔で動き回るものに応えるだけで必死だった。 「サラーラ……サラーラ……」 ファビアスは次第に激しくなる口付けを繰り返しながら、 膝の上に抱えたサラーラの 体をその両腕で強く抱きしめた。
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