楽園の瑕

 

12

 

 

 

    ぺろりと自分の頬を舐める生暖かい感触に、 サラーラは目を覚ました。

 「……クリシュ……?」

  覚えのあるそれにサラーラは愛犬の名を呼ぶ。

  くうん……

  応えるように耳元でクルシュの甘える声がした。

 「クルシュ……っ!」

  急速に意識がはっきりとしてくる。

  サラーラはぱっちりと目を開けると、 目の前で舌を出して自分を見ている友人の顔を

見つけた。

 「いた……っ!」

  ベッドの上に起きあがろうとして体中に走った痛みにまた突っ伏す。

 「……何? いたい……」

  腰を中心に鈍い痛みがじんじんと全身に広がっていく。

  痛みとともにサラーラは自分の身に起こったことを思い出した。

 「そうだ……っ ファビアスは……」

  恐怖のこもった眼差しを周囲に送るが、 部屋の中にはサラーラしかいなかった。

 「あれは一体……」

  意識を失う直前のことを思い出し、 思わず自分の身を抱きしめる。

  何が起こったのか、 はっきりとはわからない。

  ただ、 じんわりとした気持ちの良さに浸っていた自分にのしかかるファビアスの大きな体。

  そして、 突然何かが体の中に入ってきたときの恐ろしいほどの痛みを思い出す。

  恐ろしかった。

  生きたまま体を引き裂かれているようだった。

  このまま殺されてしまうのではないかと思った。

 「……あれは……何? どうしてあんなことを……」

  ファビアスは乳母を殺されたくなければ言うとおりにしろと言った。

  彼を受け入れろ、 と。

  それはあのことを差していたのだろうか。

  ならば自分はこれからずっとあんな恐ろしい行為を受け続けることになるのだろうか。

  大切な乳母のために……。

 「いやだ……あんな、 怖い……」

  ベッドの上でうずくまったまま、 恐ろしさのあまり体が震えるのを止められない。

  サラーラの恐怖を感じ取ったクルシュが、 ベッドに前足を乗せてサラーラの頬をぺろぺろと

慰めるように舐める。

 「クルシュ……僕、 どうなっちゃうんだろう……」

  サラーラはクルシュの首をぎゅっと抱きしめると、 その暖かい毛に顔を埋めながら不安と

恐怖の混じる声で小さくつぶやいた。







 「サラーラさま……っ」

  突然、 部屋の扉が開き、 乳母が血相を変えて飛びこんで来た。

  兵士達によって部屋から連れ出されてからの心痛を物語るように、 髪は乱れ、 青ざめた

顔色をしていた。

 「サラーラ様っ ご無事なのですか……っ?!」

  乳母はベッドに起きあがっているサラーラの姿を見ると、 頬を引き攣らせながら

足早に近寄った。

 「ばあや……」

  サラーラは乳母の顔を見てほっとしたような顔をした。

 「良かった……無事だったんだ。」

  では、 あの男は自分の言葉を守ったのだ。

  サラーラが彼に逆らわない限り、 乳母の身は安全なのだ。

  嬉しそうに乳母の顔を見るサラーラに、 乳母の表情も少し和らぐ。

  しかし、 その顔はベッドの上のサラーラが裸身であることに気づいた瞬間、 強張った。

 「サラーラ様……まさか……」

 「ばあや……?」

  乳母の狼狽した様子にサラーラは首をかしげた。

 「サラーラ様、 昨夜あの男は何を……」

  震える声で乳母がつぶやく。

 「ばあや? 何?」

  どうして乳母がそんなに青ざめた表情をするのか分からないサラーラは、 先ほどから

気になる事を口にした。

 「……ばあや、 湯浴みしたい。」

  その言葉にはっとした乳母は無言のままこくこくと頷くと、 慌てて部屋にある入ってきた扉とは

違う扉に向かった。

  そこが湯殿だと悟ったサラーラは、 乳母の後に続こうとベッドから足を下ろした。

  先ほどより痛みは少しましになったようだった。

  しかしそろりと歩き出した途端、 中から何かがどろりと流れ出すような感触に思わず

立ちすくむ。

  下を見ると、 内腿を伝って白いものが流れ落ちていた。

 「……何、 これ……」

  呆然と見ている間に、 流れ落ちたものが床に白い水溜りを作っていった。



 





              

                   
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