楽園の瑕
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自分の手を握る力の強さに、サラーラは目を閉じたまま、痛いな、と思った。 痛い・・・・・・誰? そんなに強く握らないでほしい・・・・・・もっと、力を抜いて・・・・・・。 「・・・ん・・・・・・」 「サラーラ・・・っ?」 目を閉じたまま、顔を顰めたサラーラの耳に、遠慮がちに問いかける声が聞こえた。 ・・・誰だろう・・・もう少し・・・もう少しこのまま眠っていたいのに・・・・・・。 そっと額に触れる手を感じる。その手は何度も何度も優しくサラーラの髪をかき上げた。 「ん・・・・・・」 気持ちが良くて、サラーラは知らず口元に笑みを浮かべていた。 「・・・サラーラ? 気づいたのか?」 誰・・・? 知っている・・・この声は・・・・・・この優しい声は・・・・・・。 「・・・っ!」 次の瞬間、サラーラはぱっと目を開けた。 目の前には思ったとおり、ファビアスの顔があった。 「ファビアス様・・・・・・」 その顔を見て、サラーラはなんだか胸がぎゅっと締め付けられるような気がした。思わず両手を伸ばす。 「サラーラ・・・・・・」 ファビアスは身を屈めると、サラーラの求めに応じてその体を抱き締めた。 「サラーラ・・・サラーラ・・・・・・体は? 痛みはどうだ? もう、苦しくはないか?」 「え?・・・・・・・・・・っ!」 ファビアスの気遣うような問いかけに、一瞬何のことかと首を傾げたサラーラだったが、すぐに思い出した。 気を失う前の、あのお腹の激しい痛みを。 サラーラの表情がみるみる変わる。 泣き出しそうになりながら、自分のお腹を見下ろす。 「ファ、ファビアス様・・・っ お腹・・・っ 僕の、僕の赤ちゃんはっ?」 あんなにひどい痛みだったのだ。 お腹の子供に何かあったに違いない。 無事なのだろうか。それとも・・・・・・。 ファビアスにしがみついていた両手を解き、自分のお腹を抱えるようにして触れる。 「あ・・・・・・」 そこには、ちゃんと、大きく膨れたお腹があった。 子供が存在しているという証が。 「あ・・・赤ちゃん・・・・・・僕の・・・・・・」 「サラーラ・・・・・・」 涙を流しながらも、ほっとした笑みを浮かべるサラーラに、ファビアスも笑みを浮かべた。 「子供は大丈夫だ・・・・・・とても危ない状況だったんだ・・・・・・医師達がよくやってくれた。 お前を、子供を助けようと 全力を尽くしてくれた」 「赤ちゃん・・・・・・大丈夫なの?」 「ああ、もう大丈夫だ」 「よかった・・・・・・」 なおも涙を流しながら、サラーラは自分のお腹を大切そうに撫でた。 「よかった・・・・・・僕の赤ちゃん・・・・・・ちゃんと生きてるんだ・・・・・・」 「俺の子供でもあるんだぞ」 笑いながらファビアスは訂正した。 「俺と、お前の子供だ」 「うん・・・・・・僕とファビアス様の赤ちゃん・・・・・・」 何度も何度もお腹を撫でながら、サラーラはファビアスを見上げた。 「よかった・・・・・・赤ちゃんが無事で・・・・・・」 その瞳の中にある深い情愛の色に、ファビアスははっとした。 今、確かにサラーラは子供の無事を喜んでいた。 あの、全身で子供の存在を否定していたサラーラの姿は もうどこにも見えなかった。 「サラーラ・・・・・・子供が・・・・・・俺とお前の子供に無事に生まれて欲しいと・・・そう思うか?」 それでも確かめずにはいられなかった。 あの時のサラーラは、ファビアスにとってそれほど大きな衝撃だったのだ。 キリ達と一緒にいるサラーラが、とても子供たちを慈しんでいたのはわかっている。 しかしだからといって サラーラが自分の腹の子供を本当に受け入れたということになるか。その存在を喜んでいるのか。 あの、ファビアスと再会した時のサラーラは、確かにお腹の子供を気遣う様子を見せてはいた。だが、ファビアスは 面と向かってサラーラに確かめることが出来なかった。 怖かったのだ。 また、子供の存在を否定されたら・・・そのとき自分はどうしたらいいのだろう。 想像するだけで、らしくなく体が震えてしまいそうだった。 「サラーラ・・・・・・子供が出来て、嬉しいか・・・・・・?」 声が震えそうになるのを何とか抑えながら聞くファビアスの顔を、サラーラはじっと見つめた。 その顔が、みるみる綻んでいく。 それは、あたかも小さな蕾が大輪の花びらを開いたかのように、鮮やかに美しく・・・・・・。 「サラー・・・・・・・・・」 言葉もなく、ファビアスはその微笑に見惚れた。 「ファビアス様。 僕、嬉しいよ? 赤ちゃんが無事で・・・・・・このお腹の中にファビアス様と僕の赤ちゃんがいることが とっても嬉しいよ? 早く生まれてきて欲しいって、そう思うよ」 「っ!」 そのとき、ファビアスは生まれて初めて、心の底から神に対する感謝の念を抱いた。 本当に、サラーラが自分を受け入れてくれた、 自分のものになったのだ。 |