Dear my dearest






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 信じられないといった顔で、マイラはデュークを見た。

「現クレオール侯爵夫人って………そんな、だって……」

「何かご不満でも? この件に関しては私は貴方に感謝しているが? ニコルとの結婚に私は

至極満足しているのでね」

「満足? 満足だなんて、そんなっ ……だって、あなた国王陛下に結婚の取り消しを申し出た

じゃあないのっ まだ結婚しているなんて、そんなこと……」

 結婚の取り消しという言葉に、デュークの目がすっと細くなった。

「どうして貴方がそれを知っている? ………いや、それはどうでもいい。 問題は何故そのような

ことを今言われる? それが貴方とどういう関係が………」

 言いかけて、デュークの表情が俄かに険しくなった。

「まさか……ニコルに言ったのではないでしょうね。 そのためにこちらに来られたとは……」

「そ、それは………」

「……っ!」

 言いよどみ、目をあちらこちらに泳がせるマイラの様子に、デュークは最悪の事態を悟った。

「貴方は………っ!」

 咄嗟に手を上げかけるが、思い直しくるりと背を向けた。

「デュークっ! 待って、ねえ、私あなたのためを思ってやったのよ。 あなたがあの子との結婚で

困ってるって、そう思ったから……だから……」

 部屋を出て行こうとするデュークに、マイラが慌てて取り縋るように言った。

「その手を離してください」

「デューク、聞いて。 私が悪かったわ。 あなたを困らせるつもりなんて決してなかったの。

言ったでしょう? あなたの力になりたいって」

「離せと言っている」

 冷たい言葉にも、マイラは必死にデュークに訴えるように言った。 ここでデュークの機嫌を

損ねてはまずいのだ。 どうにかして彼の気を惹かなければ……この体では時間がないのだ。

妊娠が明らかになるのはもう時間の問題なのだから。 

 そうなったときの周囲の反応がマイラには目に見えるようにわかる。 夫である前侯爵は病に

臥せっている時期が長かった。 腹の中の子供が夫の子供でないことはすぐに周囲に知れて

しまう。 そうなったら自分は………。 考えるだけでぞっとする。

 何とかしてデュークを自分の元に………。

「もちろん、あなた達の結婚のこともどうこう言うつもりはないのよ。 元々私が持ち出した話だもの。

あなた達が幸せになってくれるのならとっても嬉しいわ。 でもね、私ちょっと考えたの。 いくら

あなた達がよくてもどうしてもだめなことってあるじゃない。 ほら、跡継ぎのこととか……」

 明らかに作り笑いを浮かべながら話すマイラに、 デュークは眉を顰めた。

 この女は、この上何を言おうというのか……?

「あの子ではだめでしょう? 男の子ですもの、子供は産めないわ。 でも私、あなた達の味方で

いたいの。 私にできることなら何でもするわ。 例えば……例えばよ。 私があの子の代わりに

あなたの子供を産むってことも……」

「っ!!」

 とんでもない言葉に、デュークの頭の中は怒りに真っ白になった。

 わなわなと体を震わせながら、目の前の女を睨む。

「………私に罪を犯せというのか。 まがいなりにも貴方は父上の妻……私にとっては義理の

母にあたるのだぞ。 それを……っ!」

 デュークの怒りの声に、マイラは自分がまた一つ間違いを犯してしまったことに気づいた。

 今まで散々他人の妻と逢瀬を重ね、さまざまな女性遍歴を重ねていたデュークだ。 母といっても

義理であり、血の繋がらない自分と関係を持つことに何ら支障などないと思っていた。

 しかしデュークは自分が思っていた以上に、倫理を大事にする人間だったのだ。

 しまった、と後悔したときにはもう遅かった。

 デュークは彼女を汚らしいものを見るような目で見ていた。

「デューク、あの……」

「それ以上口を開かないでいただこうか。 自分を抑えている自信がなくなる」

「……っ」

 蒼白な顔で立ち尽くすマイラの前をデュークは足音も荒く、通り過ぎていった。

 そしてそのまま無言で部屋を出て行った。





「やれやれ、信じられない女だな」

 部屋の外に待っていたアーウィンが、出てきたデュークを見て呆れた顔で首を振った。

 どうやら中の話を外で聞いていたようだった。

「……反吐が出る」

「全くだ」

 吐き捨てるように言うデュークに、アーウィンも大きく頷いた。

「まあ、俺達が出る幕はなかったな。 一緒に部屋に入ろうかとも思ったが……」

「いや、その必要は………エリヤ王子はどうした? 一緒にこちらにいらしたのでは……?」

 先ほどまでアーウィンと一緒にいた貴人の姿がないことに気づく。

「ああ、さっき執事が来てな。 どうやらニコルは屋敷を出たようだと……ちらと見かけた召使いが

いたそうだ。 それを聞いて困った様子をしていたので、エリヤが外に探しに行った」

「王子にそのような……」

 恐縮そうな素振りをしながらも、デュークはニコルが外に出て行ったと聞いて顔を強張らせた。

「エリヤのことは気にするな。 あれはこんな時に黙って放っておけない性格なんだ。それよりも

早く探しに行かないと………街中は何かと物騒だからな」

「ああ」

 大きく頷くと、デュークは足早に外へと向かった。

 今頃どこにいるのか。どんなに心を痛めているか……。

 ニコルの心中を思い、デュークの心の中は焦りと心配でいっぱいだった。