Dear my dearest






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「デューク! お久しぶりね」

 扉を開けると、マイラが嬉しそうな声を上げて近寄ってきた。

 そのまま首に腕を回し、頬にキスをしようとする。

 しかしデュークは素っ気なくその腕を振り払うと、不満そうな顔をするマイラを見下ろした。

「どうして貴方がここにいるのか説明してもらいましょうか………義母上?」

 マイラの口元がピクリと引きつる。

「……義母上なんてやめてちょうだい。私はあなたとそんなに年が変わらないのよ」

「父上と結婚されたからには私にとっても義理の母上ということになる。年など関係ない……

それをご承知の上、親子ほどに年の離れた父上と結婚されたのでしょう? もっとも近頃は

父上のいらっしゃる領地を離れ、お一人で都にいらっしゃることが多いと聞いておりますが?」

「私は………」

 言いかけて、マイラは冷ややかなデュークの眼差しに気づいた。

 彼の機嫌があまりよくないことを悟り、慌てて取り繕うような笑みを浮かべた。

「デューク、わかってちょうだい。 お父様のお世話って大変なのよ。 もちろん、私は喜んで

お世話しているわ。でも少しくらい私にも楽しみがあっていいと思わないこと? 田舎暮らしばかり

じゃあ私まで老け込んでしまうわ。私はお父様のためにいつまでも若く美しくありたいのよ。 お父様

だってそれを望んでいらっしゃるに違いないと思うの」

「それはそれは………」

 デュークの口元に皮肉気な笑みが浮かぶ。

「それにあなたとも仲良くやっていきたいと思うの。 だって家族でしょう? 私達。 あなたのことは

いつもとても心配しているのよ。 私はいつでもあなたの力になりたいの。 私にとってあなたは

とても大切な人なのよ」

「貴方に力になっていただく必要などありませんよ。 しいて言えば貴方が大人しく領地に帰って

父上のお世話をしていただくことぐらいでしょうか」

 デュークの素っ気ない言葉に、マイラは悔しそうに唇を噛んだ。 つんと顎を上げて挑戦的に

デュークを見上げる。

「………あら、そうかしら。 近頃なにやらバタバタと宮廷を走り回っているそうじゃないの。

国王に結婚の許可証のことで何かお願いしたらしいわね」

 すっとデュークの目が細くなった。

「そういえば先ほどニコルと一緒にいらしたそうですね。 ニコルはどこです? あの子と一体

何の話を?」

「知るものですか。 あの子ならすぐにどこかに行ってしまったわよ。 全く礼儀を知らない子ね。

私が話しかけてもろくに返事もしやしないのよ。 どんな教育を受けてきたのかしら。 あら、それ

とも教育を受ける余裕さえなかったのかしらね。 ベレー家は信じられないほど貧乏だっていうから」

 名門といっても落ちぶれてしまってはおしまいね。 そう言って笑うマイラにデュークの目の光が

剣呑になっていく。

「あんな家と縁戚だなんて、恥もいいところだわ」

「そのベレー家と私との縁談を勧めたのは、ほかならぬ貴方だと記憶していますが?」

「あらそれは………」

 マイラの顔が気まずそうなものになる。

「ニコルが男の子だってこと知らなかったのよ。 名前からてっきり……あなたには悪いことを

したと思っているわ。 だから何か力になれればと………」

 そう言って媚を売るような目つきになり、デュークの腕にそっと手をかけた。

「ねえ、デューク。 勝手にあなたの縁談を勧めてしまって悪かったわ。 ……でも、わかるで

しょう? 私の気持ち。 あなたを他の女性に取られたくなかったの。 それくらいなら私が認めら

れる相手と…ってそう思ったのよ」

「それがニコルですか。 私が少年と結婚すればいい打撃になると思ったわけだ。 貴方の誘いに

乗らなかった腹いせというわけですね」

 デュークのあくまでも冷ややかな言葉に、マイラは違和感を感じ始めた。

 どうも自分の思っている方向とは違う方へ話が進んでいく。

「な、何か誤解しているわ。 デューク。 私は決してそんな、腹いせだなんて……」

 なおも擦り寄ってくるマイラに、デュークはうんざりしたように言った。

「もういい。 これ以上貴方のくだらない話に付き合っているヒマはない。 それよりもニコルです。

ニコルはどこに行ったのです? 一体あの子に何を言った?」

 腕に置いた手を振り払われ、マイラは不服そうな顔をした。

「だから知らないと言っているでしょう? いいじゃないの、あんな子のことなんか」

「……どうやら勘違いされているようだから言っておきましょう」

 デュークは、この目の前の忌々しい女を冷たく睨んだ。

「私にとってニコルは決してどうでもいい存在ではない。 むしろ一番大事なものと言っていい。

そのニコルに対して侮辱するような言い方はやめていただこう。 それはひいては私に対する

侮辱と受け止めさせていただく。 ニコルは私の妻であり、このクレオール侯爵家の現夫人だ。

それなりの敬意を持って接していただこうか」

「っ!」

 デュークのきっぱりとした言葉に、マイラの顔が衝撃に強張った。