Dear my dearest




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 どうすればいいか、わからなかった。

 あまりにもショックが大きすぎて、何も考えられない。

 ただわかるのは、デュークは自分を好きではないのだということ。

 僕はこんなにデューク様が好きなのに…………。

 もうそばにいられないと思った。

 だって、デュークにはこの人がいる。デュークの子供を宿したこの女の人が。

「あなたには悪いことをしたと思っているわ。デュークも、結婚を解消してもあなたの実家への

援助は続けると言っているし………デュークったら、どうしても私と結婚したいらしくて、

結局我慢できなかったみたいなの。夫に全てを話して私と別れてもらうって、正式に私を

妻にするってきかなくって」

 マイラの言葉に、また深く傷つく。

 解消…………そうだ、結婚を取り消す許可を今国王にお願いしているって、さっき

マイラは言っていた。

 本当に、もうそばにはいられないのだ。

 国王が許可すれば、自分とデュークは他人になってしまう。何の繋がりもなくなってしまう。

「え…っく、う……えっ……」

 消えてしまいたい…………。

 泣きながら思う。

 デュークにとって、自分は何の意味もない存在なのだ。

「デュークからもいずれ話はあると思うけど、そういうことだからあなたも承知していてね」

 荷物をまとめておけ、と暗にそう告げられる。

 ニコルはよろよろと立ち上がると、涙を流したまま呆然と部屋を出て行った。











 上手くいきそうね。

 部屋を出て行くニコルの後ろ姿を見送りながら、マイラは内心ほくそ笑んだ。

「あんなに簡単に信じるなんて」

 本当に馬鹿な子。

 嘲るように笑う。

 デュークの子供を身ごもったなど、真っ赤な嘘だった。

 確かにお腹に子供はいる。

 しかしデュークの子供ではない。そして夫の子供でも。

 気まぐれに遊んだ身分の低い貴族の男の子供だった。

 ちょっと容姿が気に入ったので、遊んでみただけ。

「なのに子供が出来ちゃうなんて」

 自分の腹を見下ろして忌々しそうに呟く。

 こんなことが知れたら、夫に離縁されてしまう。

 苦労して手に入れたクレオール公爵夫人の座だ。みすみす手放してなるものか。

「そのためにあんなしわくちゃのじじいと結婚までしたのよ。この私が」

 自慢の美貌を駆使して、前クレオール公爵に取り入った。

 本当なら、デュークと結婚できれば一番良かったのだが。あの若くて魅力に溢れた彼と。

 しかしデュークはマイラに見向きもしなかった。

 一度だけでも既成事実さえ作ればこちらのものだと思ったのに………。

 だから嫌がらせに男のニコルを結婚相手に押し付けてやったのだ。

 それがどういうわけか、今では噂になるほどに仲がいいという。

「冗談じゃないわ」

 男のニコルを妻にすることに辟易とした彼に、優しく慰めの言葉でもかけながら近づいて、

ゆっくりと彼の心を掴むつもりだった。

 そしていずれは彼の妻の座を。

 マイラはデュークのことを諦めていなかった。

 彼の父親と結婚したのはいいが、しかし夫はもう年だ。

 今は領地で元気に療養生活を送っているが、しばらく前までは病で寝たきりになっていた。

 そのときに思ったのだ。

 せっかく手に入れた公爵夫人の座なのに、このままではその栄光の座を失ってしまう。

 やはり、デュークと結婚しなければ、と。

 他の男の子供を身ごもってしまったのは失敗だった。

 しかし、逆にそれを使ってニコルをここから追い出すことを考えたのだ。

 先ほどの様子では、ニコルはマイラの話を何の疑いもなく信じたようだ。

 あの子をここから追い出すのは簡単だ。

 あとは、デュークをどうやって言い包めるか。

 一度既成事実さえ作ってしまえば、このお腹の子供もごまかせる。予定よりも早い出産に

なっても月足らずとでもなんとでも。

「あの子供がいなくなったら………傷心のデュークを慰める振りをして……それがいいかしら」

 ふんふん、と鼻歌混じりに考える。

 そしてデュークに抱かれる自分をうっとりと想像する。

 彼って情熱的かしら、それとも少し乱暴? 意外にクールだったりして。

 デュークに抱かれた女性は皆彼に夢中になるという。 

 でも自分はそうはならない。彼を自分に夢中にさせてみせる。

 一度自分を抱きさえすれば…………。

 今度こそ必ず彼を射止めてみせるわ。

 マイラは心にそう誓うと、自信に満ちた笑みを浮かべた。