Dear my dearest






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 こども……子供………デューク様の、子供………?

 ニコルもそれがどういう意味を持つのか、わからない年ではない。

 この女性のお腹に子供がいるということは………。

「………デューク様、この人が好き……なの……?」

 消え入るような声で小さく呟く。 その声は激しい衝撃に震えていた。

 呆然と、女性の腹に目をやる。

 そこはまだ平たく、子供を身ごもっているようには見えない。

 ニコルの視線に、女性は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 そして自分の腹を大切そうに撫でる。

「まだ目立たないでしょう? でも確かにここにデュークの子供は存在しているのよ。

デュークにもまだ告げていないけれど、きっと喜ぶわ。彼、とっても子供を欲しがっていた

もの。もちろん、私との子供をね」

 嘘………という言葉が喉の奥で消える。

 どうして、とニコルは首を振るしかなかった。

 子供が出来るのは、好きな者同士の間だけ。 好きになって、結婚して夫婦になって、

そうしたら初めて神様が許してくださるのだ。

 なのに、どうしてデュークと結婚していない彼女が………。

 デューク様、本当にこの人と結婚するおつもりなの? 僕との結婚は解消するの?

 今、デュークは自分との結婚の認可を破棄する手続きをとっていると彼女は言った。

 それが済み次第、この女性と結婚するつもりなのだろうか。

 そう、なのだ。

 彼女の腹にいるという子供が何よりの証拠だった。

 ニコルには、そう思えた。

 デューク様……………。

「……う……うぇ………」

 みるみるニコルの目に涙が溢れる。

 自分は、デュークの奥様でいられないのだ。 デュークはもう自分を好きではないのだ。

 ニコルの胸が悲しみでいっぱいになる。

 その時、



「これは………マイラ様……っ」



 驚いたような声と共に、カディスが姿を現した。

 その声にニコルははっと顔を上げた。

「……カディス、さん……っ」

「ニコル様? 一体どう………」

 目に涙をためたニコルを見るとカディスは顔を顰め、ぎこちない足取りでゆっくりと

部屋の中に入ってきた。

「……カディスさん、腰は………」

 その様子に、ニコルは老執事の体を案じた。

「大丈夫でございますよ。もう痛みはすっかり………ずっとベッドに寝たきりだったので

少し足がなまってしまいました」

「そう………でも無理しないでね?」

 微笑むカディスに、ニコルが元気なく笑う。

「ニコル様……?」

 その様子に、カディスはまた眉を顰めた。

 そして、この部屋にいるもう一人に目を向ける。

「マイラ様、ご連絡もない急なお越しで………何かございましたでしょうか? 大旦那様の

お体の具合でも……?」

「彼なら相変わらずピンピンしてるわよ。 あのお年にしてはとっても元気よ」

 カディスの問いに、女性……マイラはうんざりといった表情をした。

「マイラ……さま?」

 どこか聞き覚えのあるその名に、ニコルは顔を顰めた。

 そして、思い出した。

「マイラ様、て………あの、デューク様のお父様の奥様で……デューク様のお母様の…?

僕とデューク様の結婚を勧めてくださった、あのマイラ様?」

「お母様はやめて」

 ニコルの言葉に、マイラはきっと睨みつけてきた。

 そしてカディスの方を向くと、お茶を持ってくるように命じた。

「熱いお茶をもってきて頂戴。いいこと、熱いお茶よ。それくらいあなたにだって

できるでしょう? 何か、ずっと仕事をサボっていたようだけど」

 辛辣な言葉に、カディスはかすかに顔色を変えたが、何も言わず静かに頭を下げた。

「……ニコル様、大丈夫でございますか?」

 部屋を出ようとして、心配そうにニコルを見る。

「……うん、カディスさん、ごめんね」

 体、大丈夫?

 と、心配そうに尋ねる。

「すぐに戻ってまいりますから」

 カディスは優しく微笑むと、部屋を出て行った。



 カディスの姿が消えると、ニコルはマイラの方へと向き直った。

 わからないことが出てきた。

 彼女がデュークの父親の奥様なら、そのお腹の子供は………。

「どうして、お腹の子供のお父様が、デューク様なんですか? デューク様のお父様の

子供なんじゃないんですか?」

 当たり前の疑問だ。

 彼女が結婚しているなら、その子供の父親は夫に決まっている。

 デューク様の子供であるはずが………。

 ニコルの胸に希望の光が灯った。