Dear my dearest




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 馬車から降り立った女性は、そのまま正面扉へと向かってきた。

 そして屋敷を見上げ、口元にかすかに笑みを浮かべた。

「……やっぱり、こちらの屋敷の方がずっと私にふさわしいわ。あんな田舎のちっぽけな

屋敷なんてまっぴら。必ずここに住んでみせるんだから」

 そのためには……。

 目に企みの光を湛え、女性は扉へと足を進めた。







「お客様、お客様。……やっぱりデューク様に会いにいらしたのかなあ……何の御用だろう」

 ニコルは新たな客を出迎えに玄関へと向かいながら、何か嫌な感じを覚えていた。

 どうしてか、あの女性をデュークに会わせたくない、そう思った。

 でも、お客様だ。

 彼女はあの時はっきりと、デュークに会いに来ると言ったのだ。

「デューク様、今王子様達とお会いになってるのになあ。お待ちくださいって言えば

待っていただけるかな」

 一人ごちながら、ニコルは玄関の扉を開けた。

 そこには、あの時と同じ、美しく装った女性が立っていた。






「あら……デュークはいるの?」

 女性は出迎えたニコルを見て、軽く眉を上げた。

「デューク様は今、別のお客様とお会いになられていて……あの、お待ちいただけますか?」

「別の? ………まあいいわ」

 ニコルの言葉に一瞬眉を潜めたが、そのままさっさと中に入り、居間へと歩いていく。

「お茶を持ってきてちょうだい。 カディスはどうしたの? 私が来たっていうのに一体どこで

油を売っているの? まったく、年寄りはこれだから気がきかないわね」

 執事の姿が見えないことに眉を顰める。

 そして居間に入るとソファに座り、我が物顔で辺りを見回した。

「ちょっと何。あんなみすぼらしい花なんて飾って」

 ニコルが朝、庭で摘んで花瓶に生けた花を見て顔を顰める。

「ああ、あんなところにも。 それに何? この変な香り。 田舎臭いわね」

 部屋の中に薫るポプリの香りに、おお、臭い、と小さなバッグから出したハンカチで

鼻を押さえる。

「一体カディスはどういう管理をしているの。仮にも侯爵家の屋敷をこんな田舎貴族のように

野暮ったくして。ほんとに役に立たないわね。これじゃあデュークの趣味が疑われてしまうじゃ

ない。デュークにあんな年寄り、さっさと追い出すように言わなきゃ。どうせ何の役にも立って

ないんでしょう。」

 とんでもないことを言い出す。

 後に続いて居間に入ったニコルの顔色がみるみる変わった。

「あの……っ」

 見知らぬ女性に大好きな執事のことを悪く言われ、ニコルは黙っていられなかった。

「カディスさんは役に立たなくないです。とってもいい人です。とってもとっても素敵な人です!」

「うるさいわね。子供は黙っていらっしゃい」

 彼女はじろりとニコルを睨みつけた。

 が、すぐに口元を笑みにゆがめた。

「………まあいいわ。あなたがここにいるのもそう長いことじゃあないし」

「え?」

 何を言われたのかわからず、ニコルは反射的に問い返していた。

「………どういうことですか? 僕がここにいられないって」

「あら。デュークから聞いていないの? 彼、あなたとの結婚の認可をを破棄してくれるよう

国王にお願いしているのよ。もうそろそろ王の許可が下りる頃じゃないかしら」






「………え?」

 




 咄嗟に何を言われたのか、理解できなかった。

 呆然と自分を見るニコルに、女性は勝ち誇った様子で笑った。

「知らなかったようね」

「う…嘘……嘘です! デューク様がそんなことなさるはずがないです!」

 だって、自分のことを好きだと言ってくれたのだ。

 ニコルが好きだよって、自分の妻だよって、ずっと一緒だって、そう言ってくれたのだ。

「僕、ちゃんとデューク様の奥様だもの……デューク様、そんなことなさらないもの……」

 今朝だって、目覚めたときに隣にいてくれて、おはようのキスだってした。

 そんなデュークが、自分との結婚を取り消しにしようとするなど、そんなことがあるはずない。

「バカね。デュークがあなたみたいな何の取り柄もない子供を真剣に妻になんて考えるはず

ないじゃないの。デュークはね、私と結婚するつもりだったのよ。その証拠に、私のお腹には

彼の子供がいるの」



「っ!」



 今度こそ、ニコルの顔は蒼白になった。