Dear my dearest




88







 ちょうど部屋を出てきたデュークは、なにやら慌てたようにぱたぱたと走ってくるニコルの

姿に口元を綻ばせた。

 待ちきれず、自分を迎えに来たと思ったのだ。

「ニコル、そんなに慌てなくても……今そちらに向かおうとしていたんだよ」

「デューク様!」

 にっこり微笑むデュークの元にやってくると、ニコルが違うの、と首を振った。


「あのね、あの、デューク様にね」

「うん?」

 慌てたように何やら言い出す少年に、デュークは何だと首をかしげた。

「デューク様にお客様がいらしたの」

「客?」

「うん。 背の高くて声がとっても大きい男の人と、とっても綺麗な男の人。 アーウィンと

エリヤだって言えばわかるって。 デューク様、お知り合い?」

「アーウィンと……エリヤ?! ニコル、客はエリヤと名乗ったのか?」

 名を聞いたデュークが顔色を変えた。

 その様子を見て、ニコルはやっぱりデュークにとってまずい相手なのだと思った。

「デューク様、僕、やっぱりデューク様は今いないって言ってきます。あの人達が帰るまで

デューク様はどこかに隠れていて? 僕、ちゃんと追い返すから」

「隠れる? 追い返す?」

 突然思いがけないことを言い出したニコルに、デュークが戸惑った目を向けた。

「だって、デューク様が会いたくない人達なんでしょう? 背の高い人、なんだか怖そうな

だったし。 デューク様に悪いことしようとしてるんでしょう?」

「………え?」

「デューク様、ここにいてください。 僕、すぐに追い返してきますから!」

 そう言うと、ニコルはくるりと背を向けて走り出そうとした。

「ニ、ニコル! 待て! 追い返すって……待ちなさい!」

 慌てて少年の体を引き止める。

 そんなデュークにニコルがなぜだという目を向けた。

「デューク様?」

「ニコル。その人達は悪い人じゃあない。確かに今日会う予定をしていた客だよ」

「悪い人じゃあないの? やっぱりデューク様のお友達でよかったんだ」

 ほっとしたようにニコルが言った。

 そんなニコルをデュークが怪訝な表情で見下ろす。

「………ニコル、彼らのことを知らないのか? エリヤという名に聞き覚えは……」

「? どうして僕がデューク様のお友達を知ってるの? ……あ、でも、ちょっと聞いたことが

あるような気がしたような………どこだろう……?」

 デューク様と出かけたときにで耳にしたのかな?

 考え込み首をひねるニコルを見て、デュークがふうっとため息をついた。

「そうじゃないんだが……いや、それよりも彼らを待たしてはいけない。 ニコル、

彼らは下にいるんだな?」

「はい」

 返事を聞くと、デュークは足早に階段を下りていった。

 ニコルも急いでその後に続いた。








「アーウィン!」

 男の姿を認め、デュークは大きな声で呼びかけた。

 アーウィンは階段から急ぎ足で下りてくるデュークを見ると、にやりと笑った。

「よお」

「どうした、こんな朝早く………まさか……」

 彼がこんな朝早くにここに来る理由というと一つしかない。

 再許可が下りたのか?

 デュークは目で男に問うた。

 それにアーウィンも目で答え、自分の懐を指差した。

「お前の待ち望んでいたものを持ってきたぞ。感謝しろ」

「そうか!」

 デュークの顔がぱっと明るくなる。

「デューク様?」

 その時、そっと自分の服を掴む手があった。

 見ると、ニコルが上着の裾を掴みながら不安そうにデュークを見上げていた。

「デューク様、もしかして、お仕事ですか?」

 アーウィンとの会話を聞いて、仕事の話と思ったのだ。

 久しぶりに一緒に過ごせるはずだったのに、それがつぶれると思ったのだろう、泣き出しそうな

顔でデュークを見ている。

「違うよ、ニコル」

 デュークはにっこりと笑いながら少年の頭を撫でた。

「アーウィンは私の大事なものを持ってきてくれただけだ。すぐに終わる」

 デュークの甘い笑みを見たアーウィンが目を見開く。

 長年デュークの友人をやっているが、彼のこんな崩れた表情を見たことがない。

 彼が本当に本気なのだということがわかる。

「………なんとまあ……」

 呆れたように口の中で小さく呟く。

「侯爵、私達に貴方の奥方を紹介してくれないか?」

 と、それまで黙ってアーウィンの隣から様子を見ていたエリヤが口を開いた。

「あ……これは、エリヤ王子……」

 エリヤに声をかけられ、デュークが気まずげに居住まいを正した。

「申し訳ありません。王子にまでお越しいただくなど……」

「まったくだ」

「気になさらずに。私が来たかったのですから。貴方の評判の奥方にお会いしたくてね」

 ぼそっと呟いたアーウィンを目で睨みながら、エリヤはにこやかに答えた。





「王子様?!」

 その時、突然驚いたような声が上がった。

 見ると、ニコルが目をまん丸にしてエリヤを凝視していた。