Dear my dearest




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 「カディスさん、カディスさん、大丈夫? 痛い?」

 ベッドに横たわるカディスの枕元に、ニコルが泣きそうな顔で立っていた。

「ニコルさま、大丈夫ですよ。ちょっと腰を痛めただけでございますから」

  反対の枕元に立つ医師が心配そうに老人を覗きこんでいる少年に笑いかけた。

「だって、カディスさん、ぜんぜん動けないんでしょう? とっても痛そうだもん……。」

 自分の方が痛そうな顔で医師に訴える。

 カディスが倒れたという報告を聞いたニコルが執事の部屋に飛び込んだのは、医師が

到着してすぐだった。

 老人を診察した医師の話では、ひどく腰を痛めているということだった。

 夜の最後の屋敷内の点検をしていたカディスは、居間のカーテンの一つが閉め忘れて

いることに気づき、その高い位置にあるカーテンの飾り紐を取ろうと伸び上がり………

腰をぎっくりとやってしまったのだ。

 そして、そのときショックでバランスを崩し、そばにあったサイドボードに足を引っ掛けて

床に一緒に倒れこみ……その大きな音に驚いたメイドがやってきて、腰を痛め動けずにいる

カディスの惨状を目にしたのだ。

「治るよね。カディスさん、ちゃんと治るよね」

「もちろんですよ。ゆっくりと休んでいればすぐにでも起き上がれるようになりますとも……

当分は安静に、仕事の方もほどほどにしていただかないといけませんがね」

 うんうんと頷きながら医師の話を真剣に聞いているニコルの横で、抗議の声があがった。

「とんでもない! ゆっくりなど……仕事を休むなど執事としての面子にかかわります。

ニコルさま、大丈夫ですよ。ご心配いただかなくてもこれしきのこと、すぐに………」

「だめっ!!」

 仕事熱心な執事がとんでもないと首を振ったが、ニコルがそれを許すはずがない。

「だめだよ、カディスさん。この間も腰痛めちゃったじゃない。その時にちゃんと治して

いなかったからまた腰痛めちゃったんだよ。今度はちゃんと、絶対ちゃんと治さないとだめ。

絶対絶対だめ!」

 ぶんぶんと首を大きく振りながらだめだと言い張る。

「ですがニコル様。私が見ていないと屋敷内が………」

 使用人の監督も執事の仕事の一つだ。常に屋敷内を整然と保つにはいつも隅々にまで

気を配っていないといけない。

 とてもずっと休んでいることなどできないのだ。

 しかし、カディスの身を一番に心配するニコルにそんな理由が通用するはずがなかった。

「だめったらだめったらだめ!! カディスさんはちゃんとお休みしてるの! 絶対絶−っ対

お仕事しちゃだめ! 動いちゃだめ!!」

 ほっぺを膨らまし、精一杯怒った顔でニコルがベッドに横になる老人を睨みつける。

「ですが……」

 そのようなわけにはいかないと、カディスは所詮使用人である自分の立場を思う。

 自分はこの屋敷に仕える身なのだ。少し体を悪くしたからといって優雅に休んでいるわけ

にはいかない。

 困惑した様子でベッド脇に仁王立ちになる少年を見る。

 と、

「カディス、ニコルの言うとおりにしろ」

 そこに一つの声が割り込んできた。

「デュ−ク様……」

 カディスはいつの間にか戸口に立っている主人を見て、驚いた声を上げた。

 デュークがし使用人達の暮らす棟に、この部屋にやってきたことなど、今までになかったのだ。

 驚くカディスにデュークはどことなく疲れた顔で笑った。

「お前は確かに少し働きすぎだ。いい機会だと思ってゆっくりと休め」

「は……しかし……」

「もっとも、お前にニコルを納得させられることができるならかまわないが…?」

 できるかと目で問いかける。

 カディスはもう一度傍らの少年に目をやる。

 ニコルは絶対に許さないぞといった表情を崩していない。

 それを確認し、カディスははあっと深いため息をついた。

「……わかりました。ありがたく休ませていただきます」

 途端、ニコルの顔がぱあっと明るくなる。

「どうやら決まったようですな。じゃあ私はひとまず帰らせていただきます。薬を調合しないと

いけませんのでな」

 興味深々に眺めていた医師が、話がついたと見て声をかけてきた。

「じゃあ、僕、お医者様と一緒に行ってお薬をいただいてきますね!」

 すかさずニコルが声を上げる。

 そして医師に続いて部屋を出て行った。

 付き添っていたメイドも医師を見送ろうと後に続いて出て行った。

 後にはデュークとカディス、二人だけが残された。

「……デューク様……」

 カディスがもう一度、ため息混じりの声を出す。

「だめだな。ニコルがああ言い出したら誰が何を言える?」

「………で、ございますね……」

 二人、ため息をつく。

「まあいい。お前ももう年なのだから、ゆっくりと養生した方がいい」

「はあ……」

 苦笑いを浮かべてそう言うデュークにカディスは複雑な表情を浮かべた。

「ところで、デューク様。どこかお疲れのご様子ですが………ニコル様とは仲直りされたので?

あのご様子ではすっかり誤解も解けたようではありますが……」

「…………聞くな」

 ふと尋ねてくる執事に、デュークはまた疲れた表情を見せた。

 その様子に、カディスはそれ以上何も聞かなかった。

 有能な執事は何も聞かなくてもわかることはわかるのだ。