Dear my dearest



76



 首まですっぽりと上掛けを被った状態で、大きな瞳がじっとデュークの姿を追っていた。

 まだ不安なのか、ニコルはじっと目でデュークを追い続ける。

「……デュークさま、まだお休みにならないの?」

 なかなかベッドに入ろうとしないデュークに、ニコルが小さな声で問いかける。

「あ………いや、もう休もうとは……」

 一緒に、とは言ったもののなかなか決心がつかず、うろうろと部屋の中を用もなく

歩き回っていたデュークだったが、いつまでもこんなことをしているわけにはいかない。

 ニコルに気づかれぬようにそっとため息をつくと、覚悟を決めてベッドへと向かった。

「えへへ……v」

 隣に入ってきた温かい体に、ニコルは嬉しそうに抱きついた。

「デュークさまと一緒にお休みするの、なんだかとっても久しぶりな気がする」

「そ、そうかい?」

 返事をしながらも、デュークは早くも自分の自制心を総動員させなければならない状態に

陥っていた。

 ニコル、頼むからそんなにぴったりと………

 すりすりと擦り寄ってくる柔らかい体から仄かに甘い香りが漂ってくる。

 思わず抱きしめて、そのまま組み敷いてしまいそうになる。

 しかし今そのようなことは………

 今、もし自分がニコルを抱こうとしても彼はおとなしくそれを受け入れるだろう。自分と彼は

全くの夫婦だと信じているのだから。

 だからこそ今は抱けない、と、自分の中にある罪悪感が告げる。

 告げているのだが…………。

「デュークさま、大好き……v」

 そんなデュークの心中も知らず、ニコルは無邪気に囁いてくる。

「デュークさま、僕のこと好き?」

 つぶらな瞳がじっと見上げてくる。好きって言って、と訴えている。

「ああ、私も好きだよ。ニコルが大好きだ」

「えへへv」

 デュークの言葉にニコルは嬉しそうにまたしがみついてきた。

 胸に顔をうずめてしっかりと抱きついている。

 デュークはもう自分の体を鎮めることで一杯一杯だった。

 まるで自分の限界を試されているようだった。

 ニコルの無邪気さが恨めしくさえ思える。

 なのに、ニコルはさらにデュークに追い討ちをかける言葉を口にした。

「デュークさま、お休みのキス……」

「!」

 ねだるように眼を閉じて顔を仰向ける。

 ………勘弁してくれ……

 仄かに上気した頬がニコルを常より色っぽく見せている。ピンク色の唇は見るからに

美味しそうだ。

 しかし………

 デュークの背に冷や汗が流れる。

 今、キスをすれば自分の脆い自制心など吹っ飛んでしまうだろう。そしてそのままキス

以上のことに突入してしまうだろうことは眼に見えている。

「デュークさま?」

 いつまでもこないキスに、ニコルが眼を開いて不思議そうな顔をする。

「デュークさま、キス……してくださらないの?」

 見る間に不安そうな表情を浮かべる。

「僕とキスするの、だめなの?」

「いや、そんなことは……」

「じゃ、どうして?」

「………」

 まさか自分が暴走しそうだからなどとは口が裂けても言えない。

 何と説明したものかと必死に言い訳を考えていると、黙るデュークにニコルはまた

要らぬ想像を膨らませた。

「やっぱり僕とキスするのお嫌なんだ……。もしかして僕と一緒にお休みするのも本当は

お嫌なんでしょう?」

 見る見るニコルの眼に涙が浮かび始める。

「ち、違う! ニコル、それは違う!」

「じゃあ、どうしてキスしてくださらないの?」

「あ………」

 もう、仕方ないとデュークは覚悟を決め、ニコルの唇にちょんとキスをした。

 かすかに触れただけなのに、久しぶりに味わうニコルの唇は記憶以上に甘く素晴らしい

ものに感じられた。

 デュークの不安は的中してしまう。

 少し触れただけでは我慢できず、もう一度ニコルの唇を奪ってしまった。

 味わい始めるともう自分を止めることができない。

 そのまま貪るように甘い唇を奪い続けた。

 無意識に手がニコルの体に回される。

 が、

「う……んん……んっ!」

 あまりの激しさにニコルが満足に呼吸できず、苦しくなってデュークの胸を手で

どんどんと叩いた。

 その衝撃にデュークははっと我に返った。

「す、すまない。ニコル、大丈夫か?」

「……ほっ、ごほっ、ごほっ!」

 はあはあと肩で息をするニコルに、慌てて背をさすってやる。。

「ニコル、すまない。つい……」

 誤るデュークに、ニコルはこほっこほっと咳をしながらもぶんぶんと首を振った。

「ち、違う、もん……っこほっ……デュ、デュークさま、悪くない……」

「ニコル?」

「僕がこんなキスに慣れてないだけだから………。だからデュークさまのせいじゃない。

僕が練習すればいいの」

 息苦しさによる涙の滲む眼でデュークを訴えるように見る。

「僕、ちゃんと練習できるから。だからデュークさまにちゃんとキスして欲しいの」

「ニコル……」

 真っ赤な頬でせがむように訴えられ、デュークはあまりの可愛さにくらくらと眩暈を

起こしそうだった。

 もうだめだ………早くこの場を去らなければ………。 このままではニコルの全てを

無理やりにでも奪ってしまいそうだ。

 今も、ニコルは何も知らない、このまま抱いてしまってもいいではないか、と甘い誘惑が

耳の中で囁きかけている。

 その誘惑に負けてしまうのも時間の問題だった。

 その前に何とか理由をつけてこの部屋から出て行こうと考えたデュークだったが、

ニコルがそれを許すはずがなかった。

「デュークさま、もう一度キスして? 僕、今度はちゃんとするから」

「ニコル……」

「練習してちゃんとできるようにするから。だからキスして?」

 胸にしがみついて頬を染めながらそうせがむ。

 幼い誘惑だったが、今のデュークには十分すぎるほどの効果を持っていた。

 もうニコルを抱いてしまいたくて仕方がない。

 しかしかすかに残る自制心で必死に自分を押しとどめる。

 そんなデュークにニコルは最後の止めを刺した。

「キスも………それから前の時のようにいろんなことして欲しいの」