Dear my dearest



75



 扉を開き、中に一歩足を踏み入れたデュークは、もう眠っているかと思っていたニコルが

すぐ目の前に立っているのを見て驚いた顔をした。が、すぐに笑みに変わる。

「ニコル、起きていたのか。遅くなってすまなかったね」

 にっこりと話しかけるが、ニコルはじっとデュークの顔を見つめたまま何もしゃべらない。

「ニコル?」
 
 不安そうに自分を見つめるだけのニコルに、デュークは笑みを消して心配そうな顔を

した。

「どうしたんだい? 何か……どこか具合でも……」

「ふぇ……」

 じっとデュークを見つめたままだったニコルの顔がくしゃりとゆがんだかと思うと、

突然大きな泣き声が上がった。

「うわーーーん!」

「ニ、ニコル?!」

 いきなり泣き出したニコルに、デュークは仰天した。

「ニコル、どうした? どこか痛いのか? それとも何か嫌なことでもあったのか?

もしかして屋敷の誰かに苛められたか?」

 もしそうならただではすまさない。

 そう思いながらもとにかくニコルを泣き止ませようとする。

 「ち、ちがうもん……そうじゃなくて……僕…僕……デュークさま……」

「わ、私か? ニコル、一体どうしたと……」

 ひっくひっくと泣きじゃくりながら何か言おうとするニコルに、デュークは何だと

うろたえながらも首を傾げた。

 そんなデュークにニコルが爆弾を落とす。

「デューク様、僕に飽きちゃったんだーー!」

 そう言うと、またうわーんと大泣きし出した。

「飽き……っ!」

 とんでもないニコルの言葉にデュークは絶句してしまった。

 どうしてそんなことを考えたのか。自分がしばらく家を空けていたからか?

しかしそんな、数日家に帰らなかったくらいで……
 
 とにかくとんでもない誤解だけは先に解かなくては……

「ニ、ニコル……それは誤解だ。私は飽きてなんか……」

 しかし泣きじゃくるニコルの耳にはデュークの声は入らなかった。

「ひっく、ひっく……デュ、デュークさま、僕に飽きちゃって、他の誰か綺麗な人を

好きになっちゃうんだ。ぼ、僕が夜、上手にお相手できなかったから……デュークさま、

楽しくなかったから……もう僕なんかお好きじゃないんだ。僕、僕、奥様失格なんだ。

もうデュークさまの奥様にしてもらえないんだ。うわ−−−んっ!」

「ニ、ニコ……っ」

 あまりの思い込みに言葉を失い呆然としてしまう。

 そんなデュークに、ニコルは否定さえもしてくれないのだとますます悲観的になる。

「やっぱり僕、デュークさまの奥様じゃなくなっちゃうんだ! デュークさま、別の人を

奥様にするんだ。 僕は捨てられちゃうんだ〜〜」

 うわ〜ん、とまた大きな声で泣き出す。

「ち、違う! それは違うぞ!」

 はっと我に返ったデュークは慌てニコルを宥めにかかった。

「ニコル、私がニコルを捨てるわけないだろう。 こんなに可愛い奥様を誰が捨てる

と言うんだ。どうしてそんな馬鹿なことを……」

 しかしニコルはふるふると首を振ってなばかりだった。

「だって、だってデュークさま、帰ってこられなかったもん。 お約束したのに、ちっとも

お帰りにならなかったもん。 僕と一日一緒にいてくださるってお約束したのに。 僕、

ずっと待ってたのに……だから僕、デュークさまがお帰りにならないのは僕がお嫌いに

なったからだって思って………」

「そ、それは仕事が忙しくて……私は早く帰りたかったんだよ。 しかしどうしても

済ませなければならない仕事があって……」

 まさかそれが自分とニコルの結婚許可の取り直しとはとても言えない。

 デュークは内心冷や汗をかきながらも言い訳をする。

「でも、このごろデューク様、僕と一緒にお休みになってくれないもん。 朝だって

お見送りしたいのに早く出て行ってしまわれて……キ、キスだってちゃんとしてくださら

ないし……ぎゅって抱きしめてくださらないし……ちっとも僕と一緒にいてくださらな

いんだもん……」

「それは………」

 一緒にいると手を出してしまいそうだから……なんて言えるわけがない。 しかも

手を出すのを控えている理由が、自分の不手際から結婚が取り消されてしまった

ことへのうしろめたさというとんでもないことなのだ。

 なんと言ったらいいものか、デュークが悩んでいる間にもニコルはぼろぼろ涙を

こぼし続けている。

「僕…僕、デュークさまがこんなに大好きなのに、ずっとずっと一緒にいたいのに……

お側を離れたくないよ〜〜!」

 またうわーんと大泣きする。

「ニコル、ニコル……わ、わかったから……大丈夫だから。私もニコルが一番だよ。

一番好きだからどこにもやったりしない……するもんか」

「ひっく、ひっく……ほ、本当に?」

「ああ、本当だ。ニコルを一番愛しているよ」

「じゃあ明日はずっと一緒にいてくださる? 明日も明後日も、ずっとずっと一緒に

いてくださる? 僕を奥様にしていてくださる?」

「ああ、約束する。 ニコルだけが私の妻だよ」

「じゃあ今夜は一緒にお休みしてくれる?」

 その言葉にはデュークは一瞬うっと言葉につまった。

 一緒のベッドに入って自分の理性がどこまで持つか……はっきり言って自信ない。

 しかし涙のたまった目で縋るように見つめられては否とは言えない。

「……ああ、もちろんだよ」

 自分の理性が持つことを祈りながら、デュークはニコルににっこりと微笑んだ。