Dear my dearest

 

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    結局、 デュークが邸に戻ってきたのはそれから4日も経った後だった。

  その頃になるとニコルの不安は最高潮に達していた。

  いくらカディスが慰めても、 どんどん悪い方向へと陥っていく思考をとめることができない。

  デューク様はもう僕のこと、 飽きちゃったんだ……!

  ニコルは一人そう思いつめていた。







  そんなニコルの思いも知らず、 デュークは帰宅の途についていた。

  やれやれ……

  馬車の中で嘆息する。

  やっと目途がつきそうだった。 これで数日中には結婚の再認可が下りるだろう。 そうすればまたニコルと

夫婦だ。今度こそ彼をこの手に………

  どのようにベッドの中でニコルを可愛がってあげようか。 彼はどんな顔で自分を受け入れるだろうか。 どんなに

可愛く声をあげるだろうか。 

  デュークは今からその時を思い、 口元が緩むのを抑えられなかった。




 「お帰りなさいませ………」

  邸に戻ったデュークを待っていたのはニコルの笑顔ではなく、 カディスのしかめつらしい顔だった。

  いつものように執事らしく礼儀正しく出迎えてはいるが、 長年一緒にいたデュークには彼が何かに怒っている

ことがわかった。

  かすかに口元が強張っている。

 「どうした? 何かあったのか? ニコルはどうしたんだ?」

  いつもなら一番に飛び出してくる彼がいない。

  あの可愛い顔を見たくて、 デュークはちらちらと階段上を見上げた。

  もう眠っているのか? いや、 まだそんな時間ではない。 どこか具合でも悪いのだろうか……

  カディスの不機嫌な様子と相俟って、 デュークの心にちらりと不安がよぎる。

  そんなデュークをちらりとねめつけてカディスが口を開いた。

 「ニコル様はお部屋にいらっしゃいます。 ずっとデューク様のお帰りをお待ちでしたが、 さすがに5日間も

お帰りにならないとなるとだいぶご機嫌が………」

 「怒っているのか? ニコルが?」

  驚いたようにデュークが言った。

 「いえ、 お怒りになられるよりもご心配になられているようですよ。 いろいろと………」

  何が、とは言わない。 デュークが自分で聞けばいいことだ。 この5日間のことは自分からは口にする気にも

なれなかった。 どれだけ自分がニコルを宥めるのに苦労したか………デュークの身を心配し、不安にかられ

悪いことばかり考えてしょんぼりとするニコルが可哀相だった。

  すこしでも早くお戻りを、と城に使いをやっても、 今クレオール侯爵はどこにいるのかわからないの一点ばりで

取り次ぎすら受けつけてもらえなかった。 ………ニコルとの結婚の認可をとるために彼が駆けずり回っていた

ためだが……。

  そんなこととは夢にも知らないカディスは、 一体主人は何をしているのだと怒り心頭に達していたのだ。

 「だいぶお寂しい思いをされていましたよ」

  それだけ言う。

  しかしその言葉は絶大だった。

  途端、 デュークは眉をひそめると、 足早に階上へと上がっていった。

  これでニコル様の不安もなくなればいいのだが………

  その様子にカディスははあっとため息をついた。









 「ニコル? いるのかい? 私だ………今いいかい?」

 

  ニコルは突然ドアの向こうから聞こえてきた声に、 がばっとベッドの上で身を起こした。

  隣で寝転がっていたトートもデュークの声に飛び起きると、 ぐるぐるとベッドの上を回りながらキャンキャンと

吼え始める。

  デューク様?

  ニコルはずっと待っていた人の声にドキドキと胸が高鳴るのを覚えた。

  お戻りになったんだ……!

  嬉しくて、 ベッドから飛び下りてドアに向かおうとする。 が、 その足がピタッと止まった。

  どうしよう………デューク様、 僕のこと飽きちゃったんじゃあ………このまま出ていっていいのかな、 デューク様

のお顔、どんな顔して見ればいいんだろう………

  みるみるニコルの顔に不安が浮かぶ。

 「ニコル? いいかい? 入るよ」

  返事のないことに眠っているのかと思いながら、 デュークはそっとドアを開いた。