Dear my dearest  

 

72

 

 

 

   「帰って来ない……」

  ニコルは自分の部屋の窓からじっと外を見ていた。

  もう深夜近い。

 「デューク様、 いつお帰りになるのかな……」

  先に休んでいなさいと言われた。 遅くなるから待っていなくていいと。

  でもニコルは気になって眠れなかった。

 「だって、 デューク様、 昨日とってもお疲れみたいだったもの……」

  少し調子が悪いと言っていた。 なんだか疲れた顔をしていたし、 態度もぎこちなかった。

  なのに今朝も早く起きて城に行ってしまったのだ。

 「お仕事のし過ぎでお体壊されてしまったらどうしよう……」

  心配で心配でたまらなくなる。

  まさか昨夜の言葉が自分に対する欲望を誤魔化すために言ったものだと夢にも思わない

ニコルは、ただただデュークの体を心配するばかりだった。

 「早くお帰りになればいいのに………」

  明日は一緒にいると言ってくださった。

  疲れた体をゆっくり休めてもらおう。

  デュークが心地よく過ごせるように、 いっぱいいっぱいお世話しよう。

  美味しいお菓子を作って、 綺麗なお花もいっぱい飾って、 お昼寝もできるように柔らかいクッション

もたくさん用意して………そうだ、 よく眠れるように歌を歌ってあげよう。

  昔小さな妹によく子守唄を歌って聞かせてあげたのだ。

  いっぱいいっぱいお元気なるようにお世話するのだ。

  ニコルは明日のことを考えながら、 ずっとデュークの帰りを待って窓を眺めていた。













 



  カディスは毎朝の日課である、主人の朝食用の銀のカトラリーを布で丁寧に磨いていた。

  ピカピカと光るスプーンを置き、 側にあるフォークを手にとった。

 「……………………カディスさん……」

  沈んだ声に声をかけられて、 カディスは驚いて手に持ったカトラリーを置いて振り返った。

  ニコルが食堂の入り口にしょんぼりと立っている。

 「っ! ニ、 ニコル様……っ これはおはようございます………?」

  その元気のない様子に何があったのかと慌てる。

  いつも元気に挨拶をするニコルを見るのが朝の楽しみの一つなのだ。

 「…………カディスさん……デューク様、 お帰りにならなかった………」

 「っ!」

 「お帰りになるって言ってたの…………僕、 何かあったのかなって心配で………」

  見ると、 一晩中待っていたのか、 少年の目は赤くなっている。

  その目が心配と不安で今にも泣き出しそうに揺れている。

 「ニ、 ニコル様……? だ、 大丈夫でございますよ。 おそらくお仕事が長引かれているのでは

ないかと………ご心配なさらずとも直にお戻りになられます」

 「だって………デューク様、 お体の調子が悪いって……なのにそんなにお仕事………」

 「は?」

  いつデュークの具合が悪くなったのだろう。

  カディスは内心で首を傾げていた。

  昨日自分が見た限りではデュークはぴんぴんしていた。 どこも悪いところがあるようには

見えなかった。

 「お仕事大変だからとってもお疲れになってるみたいで………僕と一緒に夜お休みしたときも

調子悪いからってすぐ眠ってしまわれて………」

 「………は?」

 「どうしよう………今頃お城でお倒れになってりしていたら………デューク様、ご病気に

なったりしていたら………ううん、もしかして事故か何かで怪我されて、それでお戻りになれ

なかったのかも…………どうしよう……どうしよう、 カディスさん……」

 「………」

  カディスは開いた口がふさがらなかった。

  いつのまにそんな話になっているのか。

  心の中は???が飛び回っている。

  そんなカディスの様子にも気付かず、 ニコルは心配で今にも泣き出しそうになりながら、 ひたすら

デュークの身を案じ続けていた。