Ｄｅａｒ　ｍｙ　ｄｅａｒｅｓｔ７１

　王宮の一室でアーウィンは閉口していた。

　「聞いているのか？　おいっ！」

　「………聞いている。うるさいぞ」

　耳元であれだけ騒がれれば聞きたくなくとも聞こえてくる。

　いいかげんにしてくれ………

　昨日に引き続き、自室に押しかけてまで来る友人に頭を抱えそうになった。

　「だからそう簡単には認可は下りないと言っているだろう。それはお前も承知のはずだ、デューク」

　「わかってる。わかっているからこうやってお前に頼んでいるんじゃないか」

　 ………それのどこか頼んでいる態度だ。

　心の中で毒づく。

　目の前の椅子に踏ん反り返ってワイン片手にという長期戦の構えのデュークに、アーウィンは

胡乱な眼を向けた。

　「お前も仕事があるんだろう。こんな所で油売っていていいのか？」

　「油？　失敬な。これは私にとって重大な問題なんだぞ」

　「………だからといってここにいて解決するものでもないだろう」

　「お前が早く動けばその分早く解決する。そんな書類など後回しにして早く国王に会って

頼んでくれ」

　「無茶言うなっ！　そう簡単にほいほいと個人的に国王に面会できると思うか。いくら叔父上とは

いえ一国の国王なんだぞ、相手はっ！」

　「じゃあエリヤ殿に………」

　「エリヤをこんなくだらないことに巻き込むなっ！」

　「くだらないとはなんだっ！　親友の一生一度の危機なんだぞ！」

　「元はといえば自分で巻いた種だろうっ　お前が言ったんじゃないか、結婚許可証の破棄を

頼んでくれとっ！　それなのにその舌の根も乾かないうちに今度はまた認可を取れだとっ？

俺をバカにしているとしか思えんぞ！」

　「仕方ないじゃないか！　あの時はニコルのことを知らなかったんだから！」

　「一体どういう相手なんだ？　お前がそんなに必死になるなんて……らしくないぞ」

　疲れた顔でアーウィンは目の前の友人を見た。

　が、その目には少なからず好奇心の光が宿っていた。

　今まで散々浮名を流してきた親友の初めて真剣になった相手だ。

　好奇心が湧かない方がおかしい。

　「ニコルは……とってもいい子なんだ。可愛くて素直で純真でまるで天使のようだ……」

　「はあ？　なんだそれは」

　デュークの口からよもや”純真”や”天使”という言葉が出るとは……アーウィンは呆気に

取られた顔でまじまじと目の前の顔を見る。

　何かの冗談かと思った。が、本人はいたって真面目な様子だった。

　「………お前、熱でもあるのか？でなきゃ悪いものでも食ったのか？」

　「失礼だなっ！　ニコルは特別なんだ。お前も会えばわかる」

　「へえ……それは是非会ってみたいものだ」

　「うっ！………………まあ、いずれな」

　いかにも気が乗らないというふう素振りを見せるデュークに、アーウィンはこれは本物だな、と

感心した。

　あのデュークをここまで真剣にされる人間がいるとは思ってもいなかった。

　「言っておくが、妙な気は起こすなよ。ニコルは私の妻なんだからな」

　「バカ言うな。俺にはエリヤがいる。エリヤ以上に綺麗で可愛い人間がいるわけないだろう」　

　「ニコルはそれ以上だ」

　「…………」

　胸を張ってそう主張するデュークにアーウィンは反論したそうな顔をしたが、自分達がいかに

馬鹿げたことを言っているか気づき、口をつぐんだ。

　そのかわり、相手のダメージになりそうなことをぼそっと告げる。

　「………今はお前の妻じゃあないだろう」

　しかしその言葉はやぶへびだった。

　「そうだっ！　だから一刻も早く認可を取れっ！」

　「…………」

　また元に戻ってしまった会話にアーウィンは思わず机に突っ伏しそうになってしまった。

　と、その顔が何かを思いついたものに変わる。

　「…………待てよ。そう言えばもうすぐ陛下の即位１０周年だな」

　「それがどうした？」

　「１０周年となれば祝いも盛大なものになる。となれば……恩赦という手が使えるかも……」

　「恩赦あっ？　おいっ！　俺は罪人ではないぞ！」

　「そうじゃないっ　言い方は悪かったかもしれんが、要するに特別許可という形が取れるかも

知れないということだ」

　「特別……許可……」

　アーウィンの言葉にデュークも思案気になる。

　「そうか……そうだな。国王の即位１０周年ともなればよほどのことではない限り特赦が許される。

上手く話を進めれば………アーウィン、お前にしては頭が働いたな」

　「……一言余計だぞ」

　「よしっ！　じゃあそういう方向で話を進めよう。俺は典務官のところへ行ってくる。１０周年

の祝いとなればそろそろ式の準備にも取りかかっている頃だろう。そこに特赦の話を持ちかけ

れば……お前もエリヤ殿を立てて国王に話を通してくれ」

　「だからっ　エリヤを巻き込むなと……っ」

　アーウィンが抗議の声を上げるが、すでにデュークはその声を聞いていなかった。

　さっさと立ちあがり扉の方へと向かっている。

　「おいっ！」

　「頼んだぞ」

　「おいって……っ！」

　声をかけるアーウィンの目の前でバタンと扉が閉まる。

　一人残されたアーウィンははあっと深いため息をついた。

　「…………まったく……これが国の中枢を担う重臣のすることか」

　私事に特権を使おうとする友人に呆れるしかない。

　しかし自分も過去に何度かその特権を使った覚えのあるアーウィンはそれ以上友人の行動を

とやかく言うことはできなかった。

　「くそうっ　話が落ち着いたら絶対あいつの本命とやらの顔を拝んでやるぞっ！」

　最後にそうつぶやくと、アーウィンは立ち上がって部屋を出ていった。

　悪友の頼み（？）を実行するために。