Dear my dearest

 

70

 

 

 

   「デューク様……?」

  翌朝目を覚ましたニコルは、 また隣が空っぽなことにがっかりとした表情を浮かべた。

 「またいらっしゃらない………」

  そっと枕を撫でるとすでにそこは冷たく冷えていた。

  デュークがずっと前にベッドを出ていったことを示している。

 「………あっ! また今日もお仕事に行かれるのかもっ!」

  もしそうならぐずぐずしていられない。

  今ごろは食堂にいるのだろうか。

  ニコルは慌ててベッドから飛び降りると部屋を飛び出していった。











 「デューク様っ!」

  駆け込んできた少年の姿に、 ちょうどカップを置いて立ちあがったデュークは驚いた顔を見せた。

 「ニコル……もう起きたのか? まだ寝ていても………」

 「だってデューク様のお見送りしたいって言ったのに!」

 「あ………」

  昨日、 そう何度も訴えられたことを思い出す。

 「………そうだったな……すまなかった」

 「デューク様がお仕事に行かれるなら、 せめて少しでもお顔を見ておきたいから。 ちゃんと

行ってらっしゃいって言いたいから………」

  そう言いながらニコルはデュークに近寄るとポフッと胸に顔を埋めた。

  回された手がぎゅっと腰を抱きしめる。

 「悪かった……よく眠っていたから……」

  眼の下に揺れる栗色の髪を撫でながらデュークは素直に謝った。

 「すぐにお戻りになる?」

 「ん? …………どうだろう……昨日結局仕事を終わらせられなかったからな………」

 「だって、デューク様、 昨日あんなにお疲れだったのに………ちゃんとお休みにならないと……」

  お疲れという言葉にカディスがひょいと眉をあげる。

  それを眼の端に捕らえながらも、 デュークはあえて何も言わなかった。

  言えばやぶへびになるとわかっていた。

 「大丈夫だよ。 ちゃんと休んだから………ほら、 元気だろう?」

  そう言ってデュークは少年の体を抱き上げた。

 「そう言えばおはようのキスがまだだったな。 ニコル……」

  ん、 と片頬を差し出され、 ニコルは素直にそこにちゅっとキスした。

 「おはようございます。 デューク様」

 「おはよう、 ニコル。 今日もとても可愛いよ」

 「デューク様、 早くお戻りになってね。 僕、 ずっと起きて待ってますから」

 「………それは……ニコル、 何時になるかわからない。 先に休んでいなさい」

 「そんな……」

 「起きて待ってくれるのは嬉しいけどね。 本当に何時になるかわからないんだ。 君がずっと

起きてると思うと返って体が心配になるから………だから先に休みなさい」

 「…………ちゃんとお戻りになる?」

 「ああ、 仕事が終わったら飛んで帰ってくるよ」

 そう答えながらデュークはニコルの体を床に下ろした。

 「さあ、 もう一度………いってらっしゃいのキスをしてくれないか」

 「本当の本当にお仕事が終わったらすぐに帰ってきてくださいね」

 「ああ、 約束するよ」

 「じゃあ、 僕、 デューク様のベッドでお待ちしてますね」

 「!」

  無邪気に告げられた言葉にとっさに言葉を失った。

  いや、 ニコルは単に昨夜と同じような状況を思って言ったのだろう。

  しかしベッドで待っているという、 その状態を想像したデュークは平然とした表情を保つ

だけで苦労した。

  二晩続いたあの状態をまた今夜も…………

  想像しただけで気が変になりそうだった。

 「い、 いや…………すまないが今夜は部屋で寝てくれないか」

 「え………」

 「私が帰って来たときの物音で君を起こしてしまったら可哀相だろう」

 「でも僕、 デューク様をお待ちしたい………」

 「気持ちだけで充分だよ。 …………明日はちゃんと君と過ごせるように頑張るから」

 「本当? 本当に明日は僕と一緒にいてくださる?」

 「ああ………だから今夜は、 ね。 寝不足の君の顔を見たくはないからな」

 「はい………」

  ようやくニコルはしぶしぶと承知した。

  それでもまだ少し不満が残るのか、 デュークの服の裾をきゅっと握り締めたままだった。

 「デューク様、 そろそろ………」

 「ああ。 ………ニコル、 じゃあ行ってくるよ」

 「…………」

 「ニコル?」

 「お約束、 ちゃんと守ってくださいね」

 「ああ、 わかってる…………行ってくるよ」

 「……………いってらっしゃいませ」

  小さくつぶやいて握り締めた布をそっと離す。

  そのしょんぼりとした様子にデュークは思わず外出は取り止めだ、と言いそうになった。

  だめだ。 城に行って少しでも早く認可が下りるように手を回さなければ………

  そう自分の心に言い聞かせる。

  このままではニコルと自分はずっと他人同士になってしまう。

  再認可が恐ろしく時間がかかるとわかっているだけに、 余計に焦っていた。

  アーウィンの奴を捕まえて………いや、 それともエリヤ殿に直にお願いした方が早いか?

  頭の中で計算を始める。

 「………………デューク様、 早く帰ってきてね」

  足早に馬車に向かうデュークの後姿に、 ニコルはそっとつぶやいた。