Dear my dearest

 

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    結婚の認可が取り消された。 今、 ニコルと自分は夫婦ではない。

  そのことを知ったデュークはもう仕事どころではなかった。

  職務室で書類を回されてきても、 誰かに声をかけられても答える余裕すらない。

  頭の中はひたすらいつまた許可が下りるのかということだけだった。

  アーウィンにはなるべく早くと頼んだが…………今回の認可が下りるまでにかかったのが大体半月、

それを取り消すまでにほぼ一月………ならばもう一度認可が下りるには………

  頭の中で計算する。

  再認可、 ということで、 最初の認可よりも時間がかかるだろうことは予想がついた。

  それも認可の取り消しを申請した直後なのだ。

  一月………いや、 一月半……それとも二月か?

  考えれば考えるほど気が焦る。

  先ほど別れたばかりなのに、 もうアーウィンを捕まえて早くしろと首を揺さぶりたくなる。

 「クレオール公爵? どうかなされたのか?」

  そわそわとあらぬ方向ばかり見ているデュークに、 一緒に地方貴族からの申請書を検討していた

侯爵が不審そうな顔をする。

 「なにやら顔色も悪いご様子。 もしや体の具合でも……?」

 「い、 いや………っ! そう! どうやら風邪をひいたようで……」

 「それはいけない」

  とっさについた嘘に気のいい侯爵は心配そうに眉をひそめた。

 「今日は特に急ぎの仕事はない。 早く帰って体を休まれた方がよろしいだろう」

 「申し訳ない。 ………しかし具合の悪い私がここにいても役に立たぬようだし……失礼させて

いただいてもいいだろうか」

 「おお……体は大事にされた方が……花嫁を迎えられたばかりなのだろう。 公爵が寝こむような

ことになると奥方が困るであろう……何しろ新婚、 だからな」

  何やら含むように言われ、 デュークは引き攣った笑みを浮かべるしかない。

  その結婚が危ないのだと周りに知られるわけにはいかなかった。

 「………では申し訳無いが……」

  そそくさと身支度を整えると職務室を後にする。

  早く邸へと気がせく。

  早くニコルの顔が見たかった。

  今朝、 自分の理性に自信が持てなくて逃げ出したばかりだというのに、 今はもうそれどころではない。

  あの愛しい顔を見て、 この腕の中に抱きしめて存在を確かめたかった。

  もう自分の欲求不満など問題ではなかった。  ニコルが自分のものであると確かめられるなら

こんな欲望などいくらでも耐えてみせる。

  何があっても手放したりするものか。

  そう固く心に誓う。

  結婚が無効になったなど、 彼に知られるわけにはいかなかった。

  また認可が下りるまでのおよそ一月あまり………それまでなんとしても彼にばれないように……

  そう重いながらデュークは家路を急いだ。











 「おかえりなさい、 デューク様………」

  帰宅したデュークを迎えたのは、 少し恥ずかしそうに顔を赤らめた少年の姿だった。

  嬉しそうに笑みを浮かべながらももじもじとしている。

  そしてそっとデュークの顔を仰ぎ見てはまた顔を赤くしていた。

  少年が昨夜のことを思い出しているのは一目瞭然だった。

 「ただいま、 ニコル」

  にっこりと笑いかけながらデュークは愛しい少年の体を胸の中に抱きしめた。

 「デュ、デューク様っ!」

 「お帰りのキスは?」

  うろたえた声を出すニコルの方に身をかがめ、 頬を指差す。

  真っ赤になって上目遣いにちょっと睨んだニコルだったが、 すぐにデュークの首に両腕をまわすと

差し出された頬にチュッと音を立ててキスをした。

 「………お帰りなさい、 デューク様」

  もう一度耳元で囁かれ、 デュークの胸にたとえようもない愛しさがこみ上げた。

  この愛しい少年は自分のものだ。

  そんな思いが胸に沸き起こる。

  誰にも渡さない。 どこにもやらない。 決して手放したりするものか。

  今までに感じたことのない独占欲が心の内に生まれる。

 「………デューク様、 僕、 デューク様がいらっしゃらなくて寂しかった……」

  そんなデュークの思いを感じたのか感じないのか、 ニコルが首に抱きついたままつぶやく。

 「ニコル…………ああ、 私もだよ」

  抱きつく少年を腕に抱き上げると少年の頬にキスを返す。

  ニコルは嬉しそうに笑うとまた首に抱きついた。

 「またお出かけになるときは必ず僕におっしゃってくださいね。 僕、 ちゃんとお見送りするから」

 「わかったよ。 ………今朝は悪かった」

  訴える少年に優しく詫びる。

 「デューク様、 大好き」

  ニコルがそう囁く。

 「私もだよ」

  腕に抱き上げた存在が、 その確かな重みが愛しい。

  決して手放すものか。

  またニコルにキスを送りながらデュークは心の中でつぶやいていた。

  そんなデュークの心も知らず、 ニコルはくすぐったそうにくすくす笑いながらキスを受けていた。