Dear my dearest

 

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   「まあ、 クレオール公爵様! ごきげんよう」 

 「デューク様、 ご機嫌麗しく……」

  麗しくなどない。

  城についたデュークは早速宮廷にうろついている貴婦人達につかまってしまった。

  女性達の甲高い声が二日酔いの頭に響く。

  しかしそんなみっともないところを見せるわけにもいかず、 にこやかに笑みを返す。

 「ごきげんよう。 今日もお美しい………いずれまた二人きりで……」

 「まv」

  囁かれた貴婦人は頬を染めて卒倒しそうだった。

 「デューク様、 今日はどちらに? 私達、 これから森の散策に行きますのよ」

 「それは残念。 今日はどうしても済まさなければならない用事が……また次の機会に」

 「楽しみにしておりますわv」

 「私もですよ。 それまでにお美しいあなたが誰かに奪われてしまわないかと心が休まること

はないでしょう」

 「うふふv 相変わらずお上手ね」

  華やかに着飾った貴婦人達がひらひらと手を振りながら近寄っては去っていく。

  それに優雅に対応するデュークからは二日酔いの気配など微塵も感じられない。

  まったく………ああ、 鬱陶しい痛みだ。

  ズキズキと間断なく襲ってくる痛みに思わず顔をしかめそうになる。

  なのに女性達に会うと無意識にすらすらと言葉が出てしまう。

  「まあっv クレオール様v」

 「やあ………っ!」

  また別の貴婦人に声をかけられ、 にこやかに声を返そうとしたデュークは、 いきなり背後から

ポンと肩を叩かれて驚く。

 「誰………っ あいたたた……」

  誰だと振りかえった途端、 ズキンと痛みに顔をしかめる。

 「誰とはご挨拶だな。 相変わらずの色男ぶりじゃないか」

 「…………アーウィン、 お前か」

  見慣れた悪友の姿に途端にデュークの態度が変わる。

 「なんだ、 その態度は。 せっかくお前に頼まれていたことができたから知らせてやろうと

したのに」

  憮然とするデュークにアーウィンが眉をあげる。

 「頼み?」

  はて、と首を傾げる。

  何か引っかかる。 何だっただろう………

 「おいおい、 忘れるとはお前も大概いいかげんだな。 今日やっと国王の許可の取り下げが叶った

から、 早速お前のところに行こうとしていたのだぞ」

 「許可………あああっ!!」

  思い出した。

  と、 同時にみるみるデュークの顔が青ざめる。

  そうだ。 自分はアーウィンに結婚の承認の取り消しを頼んでいたのだ。

  すっかりニコルに夢中になったデュークは、 自分がニコルとの結婚を嫌がったことも、 結婚の

取り消しを頼んでいたことも全く忘れてしまっていたのだ。

  デュークの中ではニコルはもう完全に自分の花嫁、 だったのだ。

 「しまった………おいっ! 許可の取り下げって……取り消したのかっ! 許可をっ!」

 「だから言っているだろう、 やっと国王の同意を得られたと。 苦労したんだぞ。 エリヤにも

頼んで彼からも国王に働きかけてもらったんだからな」

 「取り消されてしまったのか!」

  大変だと蒼白になるデュークに、 アーウィンが不思議そうな顔をする。

 「何を慌てているんだ? 喜べよ。 お前の希望が叶ったんだぞ」

  そのためにどんなに自分達が走りまわったか………

  思い出してアーウィンは決心する。

  もうこの悪友のろくでもない頼みなど聞くものかと。

 「喜べ?! 冗談じゃない!」

  結婚の承認が取り消されたということは、 今、 自分とニコルは夫婦ではないということだ。

  すなわち、 ニコルは自分の妻ではない………

  目の前が真っ暗になる。

  今更あの愛しい存在を手放すなど出来るはずなかった。

 「………てくれ」

 「え?」

  暗くつぶやかれた声にアーウィンが何だと聞き返す。

 「もう一度取り下げを取り消してくれ!」

 「……………………は?」

  何を言っているという顔でデュークを見る。

 「お、おい……取下げの取り消しって………お前、 正気か?」

 「全くの正気だ! 早く取り下げの取り………いや、 もう一度結婚の承認を取ってくれ!」

 「…………………」

  アーウィンは開いた口が塞がらなかった。

  たった今、 もう2度とこの悪友の頼みを聞くものかと誓ったばかりだった。

  なのにまた、 それも今度はもう一度結婚の承認を、だと?

 「…………お前、 俺を何だと思っている。 冗談もいいかげんにしろ」

  心底嫌そうに言う。

  だが、 それで引き下がるデュークではなかった。

  引き下がるわけにはいかないのだ。

  自分のこれからの未来がかかっている。

  ニコルの姿が脳裏に浮かぶ。

  あの愛しい少年を自分のものにするためならこんな男を説得するくらいなんでもなかった。

 「………お前、 エリヤ殿が国を出ている間ずいぶんといろいろな女性と遊んだよな。 私が

紹介してやった貴婦人達ともしばらく続いたんだろう? それをエリヤ殿が知ったら………」

 「お、 おい! 俺を脅迫する気か!」

 「お前だけが幸せになってどうする。 私達は友人だろう? 友人の幸せを助けてくれないのか?」

 「お前…………」

  ぎりりと歯を食いしばるアーウィンの怒りの表情もどこ吹く風とデュークは言葉を続ける。

 「エリヤ殿、 今とても幸せそうだよな。 先日お見かけしたときもとても綺麗な笑みを浮かべて

いらした」

  アーウィンの肩ががっくりと下がる。

 「頼まれてくれるよな?」

 「……………くそっ!」

  悔しそうに吐き捨てると、 アーウィンはぎりっとデュークの顔を睨みつけた。

 「今回だけだぞ!」

 「それでこそ親友だ。 ……ああ、 なるべく急いでくれ」

 「……っ!」

  もう一度デュークを睨みつけると、 アーウィンは足音も荒く、 その場を立ち去った。

  頼んだぞ〜………

  その後ろ姿を見送りながら、 デュークは心の中でそうつぶやいた。

  いつのまにか二日酔いはどこかにいってしまっていた。