Dear my dearest

 

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    誰かがクイクイと上掛けを引っ張っている。

 「う……ん……」

  ニコルはコロリと寝返りを打つと、 パチッと目を開けた。

 「……………………?」

  なんだかいつもと違う?

 「あれ?」

  違和感に戸惑いながら起き上がる。 と、……

 「きゃっ! は、 裸………っ」

  みるみる昨夜の記憶が甦ってくる。

 そうだ、 自分はデュークと…………

 「………僕、 デューク様の本当の奥様になったんだ…」

  真っ赤に染まった頬でそうつぶやく。

 ” 君が欲しい ”

  そう囁かれて、 言葉どおりデュークの手に翻弄された。

  体中をたどっていった彼の手を思い出す。

 「………うわ〜〜っ」

  最後に彼に導かれるようにイッてしまったことを思い出し、 ニコルは恥ずかしさのあまり

ベッドの中でジタバタと悶えた。

 「恥ずかしいよ〜 僕、 デューク様とどんな顔して………そうだっ デューク様っ!」

  がばっともう一度身を起こして隣を見るが、 そこは空っぽだった。

  昨夜眠りに落ちる時は確かに隣にいたのに………

 「……? デューク様も恥ずかしいのかな? ………っ! ええっ もうこんな時間?!」

  時計を見たニコルはいつもの起床時間をとっくに過ぎていることに気付き、 慌ててベッドから

飛び降りた。

  ワンワンッ

  ベッドの下にはトートが待ち構えていた。

  シーツを引っ張っていたのは彼だった。

  まだ子犬のトートは自分では高いベッドに乗ることが出来ず、 主人が起きるのを今か今かと

待っていたのだ。

 「あっ トートっ ごめんね。 お腹すいたよね。 すぐにあげるからっ」

  そう言いながら放り出されていた寝着に袖を通す。

  ワンッ!

  トートがちぎれんばかりに尻尾をフリフリしながら嬉しそうに答える。

 「デューク様、 食堂にいらっしゃるのかなあ」

  どんな顔をして会えばいいのだろうか。

  ぶり返してきた恥ずかしさにまた頬を染めながら、 ニコルは服を取りに自分の部屋へと

駆け戻った。











 「おはようございます!」

  子犬を腕に抱え、 ニコルが真っ赤な顔で食堂に現われた。

 「おや、 ニコル様。 おはようございます。 よくお休みになられましたか?」

 「はい………」

  ニコニコと挨拶を返すカディスに、 ニコルは妙な恥ずかしさを感じた。

  変なの……カディスさんが昨夜のこと、 知っているはずないのに………

  誰もが昨夜自分がデュークに抱かれたことを知っているような気がして、 変にもじもじと

してしまう。

 「あの……デュ、 デューク様は………?」

  思わず助けを求めるように、 唯一の共犯者を目で探す。

 「デューク様なら………本日は仕事だと城にお出かけに………」

 「え………お出かけになられたの?」

  僕、 知らなかった………

  みるみるニコルの顔が歪む。

 「あ……何やら急用がおできになったようで………大丈夫ですよ。 すぐにお戻りになられます」

  悲しそうにしょんぼりと肩を落とす少年の姿に、 カディスは慌てて言葉を続けた。

 「あ……そうそう、 デューク様からご伝言です。 ゆっくりとお休みになられますようにと」

 「ゆっくり……?」

 「はい、 早く戻れるように急いで仕事を終わらせる、 と。 ニコル様と過ごすことが今のデューク様に

とって一番大切なことですからね。」

  もちろん、 そんなことは嘘である。 二日酔いに悩まされながらそそくさと出ていったデュークが

そんなことを言うはずもない。 いや、 余裕もなかっただろう。

  しかしニコルにそのような事実を告げるわけにはいかない。

  カディスがとっさについた嘘を、 だがニコルは素直に信じた。

 「デューク様が………」

  少年の顔に笑みが戻る。

  その顔を見て、 カディスはおや、 と思った。

  恥ずかしそうにほんのりと赤く染まった顔が、 いつもと違って見えたのだ。

  そう思ってよく見ると、 どこか艶のようなものがほのかに感じられる。

  無邪気なだけだった少年が少し大人びて見えた。

  おやおや………

  昨晩の出来事が、 少年を少し大人にしたのだと気付く。

  デューク様もさすがですね。

  最後までは、 と憮然として言った主の姿を思い出す。

  それでこんなにお変わりに………

  今までの女性遍歴は無駄ではなかったらしい。

  主人の手腕に妙な感心をしてしまう。

  デューク自身は散々だったようだが………

  しかしその努力は報われたようだ。

  今、 少年の姿には陰りのようなものは見えない。

  今までと変わらずひたすらデュークを慕う様子に安堵する。

  これならニコルがデュークの全てを受け入れる日もそう遠くないだろう。

  大丈夫。 もうすぐですよ。

  カディスは今ごろ二日酔いと欲求不満に悩まされているだろう主人に、 心の中でそっと

エールを送った。