Dear my dearest

 

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    デュークに付き添われながら劇場の階下に下りたニコルは、 その人ごみにまたひるんだ。

  先程の、 デューク目当てに近寄ってくる女性達を思い出したのだ。

  しかし今度は違っていた。

  ニコルを気遣うデュークがすぐさま彼の腰に手を回し、 しっかりと自分の傍らに引き寄せたのだ。

  ニコルはほっと息をつくと、 嬉しそうにデュークを見上げた。

 「ニコル、 帰りにアイスクリームでも食べようか。 このまままっすぐ帰るのは惜しい気がするしね」

 「はいっ!」

  大好きなアイスクリームと聞いて少年の目が期待にキラキラと輝く。

 「デューク!」

  そこにまた女性の声が割って入った。

  ニコルはびくっと体をすくめると、 デュークの体に寄り添った。

 「デューク! お久しぶりね、 お元気だった?」

 「……ジェンナ! いつ都へ戻ってきたんだ?」

  声に振り返ったデュークは、 そこに気心の知れた女性の姿を見つけ顔を綻ばせた。

 「昨日よ。 主人の怪我もよくなったし、 そろそろあの人も都が恋しくなったらしくて一緒に戻ってきたのよ」

 「伯爵も一緒か。 それはそれは……」

 「あら……………それだけ?」

  自分達の遊びの壁になる伯爵が一緒と聞いても顔をしかめることもなく、 機嫌よく笑うデュークの姿に

ジェンナの方が首を傾げる。

  いつもなら嫌味の一つでも出るところだ。

  なにしろ伯爵が一緒の時は、 ジェンナは彼にかかりきりになり………なんといっても結局彼女は主人に

ベタ惚れなのだ……デュークの誘いに一向に乗らなくなるのだ。

  それがこんなに機嫌がいいなんて………

  そう不思議に思ったジェンナは、 その時デュークの影に隠れるようにして自分を伺っている少年の姿に

気付いた。

  しっかりと彼の服にしがみつき、 こちらを怖れの混じった目で見つめている。

  よく見ると目を見張るほど整った顔立ちをしている。

  ふわふわとした栗色の髪とピンク色のほっぺが思わず抱きしめたくなるほど可愛い。

  しかしデュークの連れとしては少し違和感を感じる………なんといっても彼は少年だったのだから。

  あら………もしかして……

  あることに気付いたジェンナは少年ににっこりと笑って見せた。

  しかし少年はその笑みに驚いた表情をすると、 ますますデュークに寄り添った。

  明らかに彼女を恐れている。

 「………ねえ、 デューク。 その可愛らしい方に紹介していただけないのかしら?」

  矛先を変え、 今度はデュークの方に水を向ける。

 「あ、 ああ………」

  途端にデュークの顔が気まずそうなものに変わる。

 「……デューク様……」

  少年が心細げに彼を見上げながら小さくつぶやく。

  その声に反応したデュークの表情にジェンナは我目を疑った。

  見る見る彼の顔に甘くとろけるような笑みが浮かんだのだ。

 「ん? どうした、ニコル?」

  ニコル、 という名にジェンナはやはりと思った。

  やはりこの少年がデュークの ”花嫁 ” なのだ。

  しかし彼から聞いていたのとは様子が違う。

  なによりもデュークの態度自体が以前とは違っている。

  目の前の少年が可愛くて可愛くて仕方がないといった様子だった。

  これは一体どういうこと?

  呆れる視線を向けるジェンナに気付いたのか、 デュークが決まり悪そうにこほんと咳払いをして見せた。

  そして少年の背に腕を回し、 ジェンナの方へと向き直る。

 「あー………… ジェンナ、 この子はニコルだ。 ………ニコル、 こちらは私の古くからの友人でチェスター

伯爵夫人ジェンナ殿だ」

 「はじめまして・………ニコル、とお呼びしてもいいかしら?」

  そうにっこりと微笑みながら挨拶するジェンナに、 ニコルはぎこちなく頷くだけだった。

  今まで見た女性の中でもずば抜けて美しい人だった。

  気後れしてどう答えればいいのかわからない。

  「………はじめまして……」

  ただ小さく挨拶を返すので精一杯だった。

 「私のことはジェンナって呼んでいただいて結構よ。 これから仲良くしましょうね」

  しかしそんなニコルに気を悪くする様子もなく、 ジェンナはそう言葉を続ける。

  その優しい声音にニコルの体からもわずかに緊張が解ける。

 「ジェンナ………さん?」

 「そうよ、 よろしくね」

  優しく朗らかに話し掛けられ、 それにつられるかのようにニコルはにっこりと微笑み返した。