Dear my dearest

 

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    華やかな衣装を纏った男女が舞台の上で歌い、踊っている。

  その様子をニコルが席から身を乗り出すようにして見入っていた。

  瞳が興奮にキラキラと輝いている。

  舞台で繰り広げられる世界にもう夢中だった。

  側にデュークがいることすら忘れているようだった。

  主人公の男性が恋する女性のところにそっと忍んでいくところでは、窓から落ちないかとひやひやし、

家の主人に見つかりそうになって慌てて逃げ出すところでハラハラし、また別の意地悪な女性の罠に

はまって有り金を全部盗まれてしまう場面では主人公と一緒になってどうしようと困り、しょんぼりしていた。

  くるくると変わるその表情に、 デュークは舞台よりもニコルばかりを見ていた。

  彼にとっては今までに何度も見たありきたりの話でも、 ニコルにとっては夢のように楽しいものらしい。

  念願かなって主人公と女性がやっと結ばれたときに浮かんだ晴れやかな笑顔に、思わずデュークも

にっこりと笑ってしまった。

  芝居が終わってもまだ余韻が冷めないのか、 ニコルはぼうっと舞台を眺めていた。

 「ニコル?」

  黙ったまま動こうとしないニコルに、 デュークはそっと横から声をかけた。

 「ニコル? さあ帰るよ。 いいかい?」

 「デュークさま……」

  まだぼうっとしたまま、 ニコルはゆっくりとデュークに顔を向けた。

  そしてほうっと深くため息をつく。

  その満足気な様子に、 デュークは笑みを漏らした。

 「楽しかったかい?」

 「はい、 とっても……っ」

  ニコルが思いきり深く頷く。

 「僕、 お芝居がこんなに楽しいものだなんて知りませんでした。 連れてきていただいてとっても

嬉しかったです。 ………それにデューク様と一緒だし」

  最後は恥ずかしそうに、 しかし嬉しそうにそうつぶやく。

  そっと服の袖を小さな指で掴まれて、 デュークの笑みが大きくなる。

  ちらりと辺りを見まわすと、 まだ個室の扉が閉まったままであることを確認し、 ニコルを外から見えない

カーテンの陰に引き寄せる。

 「デューク様?」

  訝るニコルの腰に手を回し自分の胸に抱きしめると、 その赤い唇にそっと口付けた。

  瞬間、 びっくりしたような目をしたニコルだったが、 すぐに目を閉じるとデュークの背中に腕を回した。

  そのままうっとりと優しいキスを受ける。

  何度も軽く唇を啄ばむようにキスされてあまりの気持ちの良さに夢中になり、 ニコルは今自分がどこに

いるのかも忘れてしまった。

  デュークが体を離した時には先ほどとは違った意味でぼうっとしていた。

 「………これ以上は私の方が我慢できなくなるな」

  キスに濡れた唇を指で優しく拭いながらデュークがそう苦笑する。

 「………?」

  余韻に浸っていたニコルはデュークの言葉の意味を理解できず、 きょとんとした。

  その様子にまた苦笑いが浮かぶ。

 「まあいい。 ゆっくりいくさ………ゆっくりと、ね」

  自分の理性が持てば、 の話だが………… 

  そう内心一人ごちながら、 最後にもう一度だけと唇の端に軽くキスする。

  ゆっくり………?

  なんのことだろうと思いながらも、 ニコルは素直にデュークのキスを目を閉じて受けた。