Dear my dearest

 

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    こっちを向いてくれ、 そう言われたニコルは不安に揺れる眼差しをデュークに向けた。

  目の前でデュークがニコルをじっと見つめていた。

 「デューク…様……」

  小さな声が彼の名を呼ぶ。

  デュークはニコルの頬に手を当ててすまなさそうに言った。

 「すまなかった。 どうやら君に嫌な思いをさせてしまったみたいだ………私の落ち度だ」

 「そんな……っ」

  謝るデュークにニコルは慌てて首を振った。

 「デューク様は悪くないんです…っ 僕が、 僕がしっかりしていないから……こんなだから、 デューク様、

恥ずかしいんじゃなかって……っ……」

 「……え?」

 「だって、 デューク様、 とっても素敵なのに……皆デューク様を見ているのに、 なのに僕なんかが

ご一緒して………全然ふさわしくないのに………だから綺麗な女の人達が僕のこと怖い目で睨んで

……変なお顔をされるんです。 僕なんかが側にいるから……」

  思いも寄らぬニコルの言葉にデュークは呆然としてしまった。

  ふさわしくない? 誰が? どうして? …………ニコルは私の過去の行いに気付いて、それで

怒っているのではないのか? 気分を悪くしたのでは……?

 「ごめんなさい、 僕なんかがご一緒しちゃデューク様まで皆におかしく思われちゃいますよね」

  驚きのあまり呆然と黙ったままのデュークの様子に、 ニコルはまた誤解して縮こまる。

 「僕……僕、 もう帰りますね。 これ以上デューク様のおそばにいては……」

 「ま、 待て……っ!」

  涙のたまった瞳でしょんぼりと立ちあがろうとするニコルを、 はっと我に返ったデュークが慌てて

引きとめる。

 「違うっ そうじゃない。 ニコル、 どうしてそんなバカなことを……君が私にふさわしくないなんて」

 「だって、 デューク様の周りに来る人って皆とっても綺麗な方ばかりで……僕、 こんな子供で何も

知らなくて……こんな素晴らしい所に来るのも初めてで……」

 「ニコル………」

  何かを言おうとして言葉に詰まる。

  ニコルがそんなことを感じているとは思いもしなかった。

  そして、 ああそうだ、 と思う。

  これまで少年の周りにはこんな世界は存在していなかったのだと気付く。

  少年の世界は今まで純朴で優しいものばかりだったのだろう。

  こんな華やかで、 煌びやかで、 でもそれは表面上のもので、 内実はドロドロとした人間関係の蔓延る

場所。

  誰もが他人の目を伺い、 へつらい、 そして足を引っ張ろうとする世界。

  純粋な少年の心は、 その汚い部分を無意識に感じとったのだ。

  そしてこんなにも怯えてしまった。

  デュークはそのことに思い至らなかった自分を責めた。

  そしてニコルにそんな思いをさせてしまったことを悔やむ。

  もっと自分が気をつけていれば………

  まだ早すぎたのかもしれない。

  こんな世界にニコルを引き入れるのは。

  しかし悔やんでばかりもいられない。

  今は少年の萎縮してしまった心を解きほぐすことが先だった。

  彼の誤解を解くことが。

  そして、 出来るなら自分が身を置くこの世界を受け入れてほしかった。

  これからずっと彼も身を置くことになるだろう、 この世界を。

 「………ニコル、 誰が君が私にふさわしくないなんて言った? 皆ね、 君に嫉妬していたんだよ」

 「し、 嫉妬……?」

 「そう、 嫉妬」

  そう言ってデュークは自分をじっと見つめる不安そうな瞳を覗きこんだ。

  頬を優しく撫でる。

 「君がとっても素敵だから。 この柔らかな頬もキラキラと輝く瞳も、 綺麗な栗色の髪も、 全てがとても

素敵だから」

 「う、 嘘……」

  微笑みながら告げるデュークにニコルがふるふると首を横に振る。

 「素敵だなんて……だって、 僕、 こんな子供だし……何も知らなくてびくびくしてて……」

 「子供でもいつかは大人になるだろう? 君は必ずとても魅力的な人になるよ……今でも私には

充分素敵に見えるけどね。 それに何も知らなくてもいい。 これから私が何もかも全部教えてあげるから」

 「デューク様………」

 「そりゃあ宮廷には美しいご婦人達は大勢いるよ。 でもね、 私が一番側にいて欲しいのはニコル、

君なんだよ。 君が一番いいんだ」

  だから自信を持ってほしい

  そう言ってデュークはニコルの口にちょんと優しいキスを送った。

 「デューク様……っ」

  ニコルの目から涙が一滴ポロンと頬を零れ落ちる。

  自分が一番だと、 デュークはそう言ってくれた。

  その言葉にニコルの心の中にわだかまっていた不安や諸々の靄が少しづつ薄れていく。

  腕を伸ばして目の前にいる大好きな人の首にぎゅっとしがみついた。

 「……デューク様、 大好き・・・・・・っ」

  小さな声がそうつぶやく。

 「私もだよ、 可愛いニコル」

  自分にしがみつく小さな体を抱きしめながら、 デュークも優しく囁き返した。