Dear my dearest
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ニコルは扉の前に立った青年の姿に目を奪われた。 うわあ………すごいハンサム…… さりげなく後ろに流された金色に輝く髪、 その瞳は深い深い蒼色だった。 少し日焼けした肌が彫りの深い顔立ちに映える。 まだ成長途中で細い体のニコルとは違い、 すらりとしていながらも決して貧弱ではない体格。 立ちあがっても見上げるほどの長身。 これほど男性的な魅力に溢れる青年は今までに見たことがなかった。 もしかして、 この人が………? そう思い当たったニコルの胸がドキドキと早打ち出す。 ぼうっと青年に見蕩れていたニコルは、 青年も自分をじっと見ていることに気付き、 はっとする。 慌てて深くお辞儀をする。 「は、 初めてお目にかかります。 ニコル・ベレーです。 ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いします」 挨拶をするニコルを、 しかし青年はただ黙って見ているだけだった。
「ニコル・ベレーです。 ふつつか者ですがよろしくお願いします」 目の前の少年が挨拶する声が耳に入る。 どういうことだ?! 高慢ちきな令嬢はどこにいるのだ?! こんな少年が来るなんて話が違う! 知らず、 数十分前執事が心の中で叫んだ言葉と同じようなことを心の中で叫んでいた。 「カ、 カディス!!」 自分をにこにこと見つめる少年から目を背け、 デュークは助けを求めるように執事の名を呼んだ。 そのまま身を翻して部屋の外へと足を向ける。 部屋から出るとき、 締まる扉の影から少年がきょとんとした表情でこちらを見ているのが目の端に映った。 バタンと扉を閉めると、 デュークは扉の外で汗を拭いていた執事に詰め寄った。 「どういう事だ?! あれは……どうしてあんな少年がここにいるっ? あれが私の ” 花嫁 ” だと いうのか?!」 「デュ、 デューク様。 私にもさっぱり……しかしあの方はご自分をニコル・ベレーだとはっきり……」 「私に男と結婚しろというのかっ?! それもあんな子供とっ!」 「確かにこの国では同姓同士の結婚も認められてはいますが……現に国王の第一王子であります エリヤ様もお従兄弟のアーウィン様と……」 「あんなバカップルと一緒にするなっ!」 先日会ったばかりの友人の顔を思い出す。 ほんの1年前まで弟を殺されたと憤っていたのが嘘のように、 鼻の下を伸ばし傍らの恋人を見つめ ていた男を思いっきり笑ってやったのだ。 それなのに自分が男と……… しかもなんだ、 あの姿はっ 全身泥に薄汚れ、 まるでどこかの下町の子供のようではないか! いくらなんでもこの自分があんなさえない少年と結婚など……っ 「くそう………あの女狐、 わざと仕組んだな…っ」 義母であるマイラの今ごろ勝ち誇ったような顔を想像し、 歯噛みする。 「私が男になど興味がないと知っていてわざとあんな少年をあてがってきたのだっ わざわざ国王の 認状まで取って……っ」 今更ながら手紙を受け取ったときに詳しく確認しなかった自分の甘さが悔やまれる。 あの女が裏で手を引いているとわかっていたのに…! 「カディス、 こんな結婚は無効だ。 さっさとあの少年を送り返せ!」 「しかしデューク様っ これは国王もお認めになった正式な結婚です。 そう簡単には……下手をすると 国王の顔に泥を塗ったと陛下のお怒りに触れてこの侯爵家の存続にも………」 顔を引き攣らせる執事にデュークはちっと舌打ちする。 確かに結婚証明書に署名し、 国王の認印までいただいたこの結婚は正式に認定されてしまっている。 それを今更間違いだったと不履行を申し出るのはどう考えても不可能に近い。 だからといってこのままみすみす引き下がるわけにもいかない。 自分の結婚なのだ。 宮廷きってのプレイボーイとして慣らした自分が男と、 それもまだ子供子供した少年と結婚など面子に 関わる。 いいもの笑いの種だ。 「………なんとか認定を取り下げていただく方法を考えるしかないな」 「しかしそれまであの方はどのように………」 苦々しい声でつぶやくデュークに、 執事がニコルのいる居間を指し示す。 「……仕方ない。 適当に部屋を与えておけ」 「適当にといわれましても………」 「ああ、 ああっ! カディス、 お前に任せる。 もういいだろう、 私は出かける」 もうたくさんだとばかりに首を振る。 「デューク様!」 ひきとめる執事を振り切るようにして、 デュークは足早に邸を出ていった。 まるで悪夢のようだと思いながら。 逃げるように出かけていった主人を呆然と見送り、 カディスはがっくりと肩を落とした。 そのままゆっくりと居間の扉を振りかえる。 結局、 自分があの少年の相手をしなければならない。 どうしたものか…… 「とりあえず、 お部屋へご案内を……」 そう考えて、 どこへお連れすれば……とまた悩む。 悩みに悩んだ執事は、 結局準備していた花嫁用の部屋にニコルを案内することにした。 なんといっても一応あの少年が ” 花嫁 ” なのだから。 ため息をついた執事は、 重い足どりで少年の待つ居間へと向かった。
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