Dear my dearest
38
何やら慌てて出かけていったデュークが邸に戻ってきたのは、
夜も遅くなってからのことだった。 馬車の音に出迎えたカディスは、 大荷物を抱えたデュークの姿に目を丸くした。 その後ろに続く御者もまた両手にたくさんの荷物を抱えている。 「デューク様、 それは一体………」 デュークの抱える荷物の中に彼に似つかわしくないものを見つけ、 カディスは喉を詰まらせたような 声を出した。 問いかけながらも、 それが何のためのものかは一目瞭然だった。 そう出たか……… 主人のあまりにもわかりやすい行動に苦笑いする。 「ニコルは……?」 執事の表情にも気付かぬ様子でデュークが気もそぞろに訊ねる。 「お部屋にこもられたままです。 お夕食も召し上がらずに………食べたくないとおっしゃられて……」 その言葉にデュークはまた表情を曇らせた。 そして荷物を抱えたまま急ぎ足に階段を上っていく。 同じく両手に荷物を抱えた御者は、 どうしようという目でカディスを見た。 身分の低い彼は許可がなくては階上に上がることは出来ないのだ。 カディスは軽く頷いて許可を与える。 それにほっとした顔をすると、 重い荷物を抱えてデュークの後に続き、 階段を上っていった。 何度もノックしかけてはためらって手を下ろす。 別れ際のニコルの泣き顔が頭から離れなかった。 まだ自分には会いたくないかもしれない。 また目の前で泣かれでもしたらどうしよう…… でもこのままニコルに嫌われたままは嫌だった。 だからこうやって彼の喜びそうなものを探し、 町の色々な店を歩き回ったのだ。 腕の中にある大きな物体を見てため息をつく。 これを買うのはさすがに気恥ずかしかった。 しかしそれもニコルの為と思い、 意を決して店に入ったのだ。 これで彼が笑ってくれたら、 と。 そう思い、 またノックするために腕を上げる。 そして、ためらう。 後ろではその様子を見ていた御者が、 早くしてくれ〜っと心の中で叫んでいた。 彼の腕はあまりの荷物の重さに悲鳴を上げていた。 早くこの荷物を何とかして欲しい。 しかしそんな彼の心中も知らず、 デュークは扉の前で悶々と煩悶し続けた。 もう限界だ………っ 御者がそう思った時、 デュークがやっと心を決めたのか扉をノックした。
誰だろう、 カディスだろうか。 しかしその後に続く声はニコルが一番聞きたくて、 一番聞きたくない声だった。 「………ニコル? 私だ。 ……今いいか?」 侯爵様……! 慌てて立ちあがる。 膝の上の子犬がその動作に振り落とされそうになって驚いて床に飛び降りた。 恨めしそうにニコルを見上げる。 しかしニコルは扉に目を向けたまま、 子犬を見ようともしなかった。 いつ戻ってきたのだろう、 気付かなかった。 「ニコル?」 黙って扉を見つめるだけのニコルに、 扉の外のデュークが再度声をかける。 「開けるぞ」 言葉と共に扉がそっと開かれる。 その間、 ニコルはじっと立ち尽くすばかりだった。 デュークの顔を見るのが怖かった。 嫌われてしまったかも知れないのに、 どんな顔をすればいいのだろう。 どんなことを言えばいいのだろう。 ニコルの胸に不安が込み上げる。 しかしそんな不安はデュークの姿を見た途端に吹き飛んだ。 ニコルの表情が驚きの色に変わる。 目がデュークの持つ物体に吸い寄せられる。 ニコルは声もなく、 ただそれに目を奪われていた。
それは一抱えほどもある大きな熊のぬいぐるみだった。
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