Dear my dearest

 

35

 

 

 

    平然とするデュークとは反対にニコルはあわあわと周りを見まわした。

  こんな店の中で、 それも人が大勢いる場所でキスされるとは思ってもみなかったのだ。

  案の定、 見ていたらしい男達がニヤニヤとこちらを笑ってみていた。

  笑ってる………っ

  ニコルは恥ずかしさに居たたまれなくなった。

  さっきまでの楽しさも忘れて俯く。

  もうアイスクリームのことなど頭から消えていた。

  初めてだったのに…………

  こんな所でキスされたことが恥ずかしい。

  恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなかった。

  そしてほんの少し悲しかった。

  目の前のデュークは平然とコーヒーを飲んでいる。

  あんなキスなどなんでもないのだとでもいうように。

  侯爵様はこんな所であんなキスしてもなんともないんだ…………

  きっと今までもこんなことが何度もあったに違いない。

  なにしろデュークはニコルよりずっと大人で格好がいいのだから。

  そう思うと悲しさが増してきた。

  ニコルはじっと俯いたまま、 目に涙が滲んでくるのを覚えた。







  一方、 デュークの方はかすかな満足感を味わっていた。

  ニコルに見惚れていた男達は、 デュークが少年にキスした光景を目にして諦めたようだった。

  身なりも風貌も立派なデュークにとても敵わないと思ったのだろう。

  先ほどまでニコルにまとわりついていた視線が消えたのがわかる。

  ニコルは、 この可愛くて綺麗な少年は自分だけのものなのだ。

  そう周囲に知らしめることができ、 優越感すら覚える。

  だから急に黙りこんでしまったニコルの様子にもしばらく気付かなかった。







 「ニコル? どうした?」

  目の前の少年が俯いて黙ったまま動かないことにようやく気付いたデュークが声をかけた時には

ニコルはどんよりと落ち込んでしまっていた。

  心の中は悲しみでいっぱいだった。

  何故だか他の誰かとキスしているデュークを想像すると悲しくて悲しくて仕方がなくなるのだ。

 「ニコル?」

  その声にゆるゆると顔を上げると、 心配そうに自分を覗き込むデュークの顔が映る。 

 「ふぇ…………」

  顔を見た途端、 必死に耐えていた目から涙が零れ落ちた。

  一度流れ出すと止まらなかった。

  後から後から涙が目に溢れては頬を伝い落ちていく。

 「ニ、 ニコル……?!」

  その涙に仰天したのはデュークの方だった。

  突然泣き出したニコルにどうしていいのかわからず、 おろおろと少年に声をかける。

 「ニコル、 ど、 どうした? どこか痛いのか? もしかして、 急に冷たいものを食べたからお腹でも

痛くなったか?」

 「ち、ちが………っ」

  ニコルは違うと首を振りながらも涙を止めることが出来ない。

  ただヒック、ヒック、としゃくりあげながら泣くばかりだった。

 「ニコル、 もしかして何か私が悪いことでもしたか? それとも誰か………」

  泣き続けるばかりのニコルにデュークは途方に暮れた声を出す。

 「………っに…える」

 「え?」

  泣きながら小さく漏らされた言葉にデュークは聞き耳を立てた。

 「お家に……帰る………っ もうお家に…帰りたい…」

 「わ、 わかった、 わかった。 家に帰ろうな」

  子供をあやすようにデュークはニコルをあやしながら店を出た。

  そして待っていた馬車にニコルを抱えるようにして乗りこむ。

  その間もニコルはずっと泣き続けるばかりだった。

  一体何が悪かったのか…………

  いい意味でも悪い意味でも完全な大人、 しかも散々遊び回っているデュークには、 まだまだ子供の

ニコルの涙の意味は少しもわからない。

  わからないまま、 ただ隣で泣くニコルを必死に慰めるだけだった。