Dear my dearest
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昼からもデュークは一向に出かける気配を見せず、
ニコルはそのことがまた嬉しかった。 今日は一日家にいると言った言葉は嘘じゃなかったのだ。 そして言葉どおり、 デュークは邸の中にある図書室であれこれとニコルが好みそうな本を選んで くれた。 デュークは大変な読書家でもあるのだ。 国でも1.2を争う広大な領地を治めるには生半可な勉強では足りないのだ。 デュークは読書だけではなく、 国の著名な学者を呼んではその教えを受けていたという。 ニコルはそんなデュークの新たな一面を知って、 ますます尊敬の念を深めていった。 また社交的な彼は、 ダンスや音楽にも精通している。 今度ニコルにも何か楽器の演奏を教えてあげようと言われ、 嬉しくて嬉しくて心が浮き立った。 楽しい午後は瞬く間に過ぎていった。
目を擦っていた。 「ニコル? 眠いのか?」 その様子にデュークがおかしそうに声をかけた。 ニコルはその時半分目を閉じかけていたが、 はっと椅子の上で姿勢を正すと首を振った。 「眠くなんてありません。 眠くなんて………」 そう言っている側からまた瞼が落ちていく。 「もう食事はいいのか? 食後のデザートは?」 完全に手が止まっている皿の上を見てデュークが訊ねた。 しかしニコルは半分眠ったまま、 ゆるゆると首を振るだけだった。 本当は眠くて眠くて仕方がなかった。 今すぐにでもベッドの中に入りたかった。 でも……… 「ニコル? 眠いのならもう休んでは……」 そう言うデュークにニコルは眠いのを我慢しながら必死に首をふるふると振った。 「だって………」 眠っちゃったら今日が終わっちゃう…… そう小さな声でつぶやかれ、 デュークは目を見開いた。 「だって、 侯爵様、 明日からまたお忙しいんでしょう? 今度はいつ今日みたいにご一緒できるか わからないから……だから……」 眠りたくないのだ、という少年の小さな姿をデュークはまじまじと見つめた。 心の中が熱くなってくる。 こんなに可愛いことを言われたことはなかった。 知らず眼が優しくなる。 「……………心配しなくてもいい。 明日もどこにも出かけないから」 「………ほんと?」 デュークの言葉にニコルが縋るような眼を向ける。 目の端にカディスがひょいと眉をあげるのが映ったが、 そんなことは今のデュークには気にならない。 「本当だ。 明日もまた一緒に過ごそう」 「はい……!」 眠いながらもニコルが嬉しそうに笑う。 「じゃあもうベッドに行きなさい。 目が引っつきそうだぞ」 しかしニコルは何か言いたげにもじもじとしながら動こうとしない。 「ニコル?」 その様子にデュークがどうしたのかと訊ねる。 「あの………あのね。 僕、 ………侯爵様にお休みのご挨拶をしたくて………」 「挨拶?」 なんだとわからない顔をするデュークに、 ニコルは何かを決心したような表情をすると椅子から 立ちあがり、 彼の方へとやって来た。 そして……… 「っ!!」 座るデュークの首にするりと両腕をまわすと、 頬に音を立ててキスをした。 「お休みなさい、 侯爵様」 恥ずかしそうにそう耳元で囁くと、 ニコルは逃げるように食堂を出ていった。 後には硬直するデュークが残された。
「…………デューク様、 顔がにやけております」 しかしカディスの言葉も、 今のデュークの耳には入らなかった。
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