Dear my dearest
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「ダナンって素敵ですね。
こんなに大きくて立派な馬って僕これまで見たことないです」 心底黒馬に心酔しているような様子でニコルが馬の鼻をなでる。 ダナンの方も自分が誉められているのがわかっているのか、 心持ち得意気な様子でその手を 受け入れている。 「僕、 ダナンとお友達になれてとっても嬉しいです」 「そうか」 笑顔を浮かべながらもデュークは心の中で黒馬を睨みつける。 ダナンのやつ……っ ニコルに我が物顔で……まったく、 ニコルはお前のものじゃないぞ。 ニコルは私の…………っ! そう考えて、 デュークははたと我に返った。 何を考えているんだ、私は…………たかが馬にライバル心など…… 自分が恥ずかしくなる。 こんな子供のことで、 いつもの自分らしくない。 一体ニコルがなんだと言うんだ、 たかが一人の少年じゃないか。 いつもたくさんの女性達と 浮名を流してきた自分はどうしたというのだ。 そう自分に言い聞かせる。 しかしそう言い聞かせなければならないこと自体がいつもと違うことにデュークは気づいて いなかった。
自分の考えにふけっていたデュークは、 自分に呼びかける声になかなか気づかなかった。 ようやく声が耳に届く。 と、 ニコルが自分を心配そうに見つめていた。 その澄んだ緑の瞳の色にまたどきりとする。 「侯爵様? どうかなさったんですか?」 「ああ………あ、 いや。 どうした? 何か……」 何か言いたげにしている少年にデュークは視線を合わせた。 「あの………僕、 まだお仕事全部済ませていなくて………これから他の馬達のお世話を しなきゃ………ダナンにも後でブラッシングしてあげたいし……」 そんなこと馬番達にまかせろっ そう喉まで出かかった言葉を寸前でこらえる。 その代わりに出た言葉に自分で驚く。 「それでは私も手伝おう」 「ん? こ、 こうか?」 デュークは目の前の大きな馬の背に持ったブラシを毛並みに沿ってぎこちなく滑らせた。 何度か毛を梳いているとコツが掴めてくる。 ブラッシングされている馬が気持ち良さそうに目を細めているのがなんだか楽しかった。 「足元、 水流しますね」 ニコルが両手で持った桶を傾ける。 ざあっと流れ出た水がしぶきを上げてデュークの服にもかかる。 しかしデュークは少しも気にする様子を見せなかった。 すでに服は泥と汗にすっかり汚れていたのだ。 そのことに嫌悪を感じない自分が不思議だった。 昨日までの自分だったら少しでも衣服が汚れると機嫌を損ねていたというのに…… 今はそれどころかなんだかさっぱりと清々しい気分になる。 こんなに汚れているというのに。 自分のやっている事に自分でも苦笑を禁じえない。 しかしやめようとは思わなかった。 側でちょこちょこと動き回る少年の姿を見るのが楽しい。 ふとした拍子にデュークの体に触れると、 途端に真っ赤になるニコルが可愛い。 嬉しそうに話しかける少年ににこやかに答えている自分が楽しい。 この少年と一緒にいると新しい自分を発見できるような気がした。 |