Dear my dearest

 

29

 

 

 

    目の前で笑っているデュークにニコルの胸がドキドキと高鳴った。

  うわあ……侯爵様の笑った顔、 初めて見た………

  明るい笑顔にうっとりと見蕩れる。

  端正な顔は笑うともっと素敵だった。

  笑みを浮かべた青い瞳が優しく自分に向けられる。

  途端、 胸の中がぎゅっと締め付けられるような心地がした。

  ドキドキして、 どこか息苦しくて、 なのにどこか甘い感情が沸き起こる。

  デュークから目を離せなかった。

  いや、 離したくなかった。

  ずっと見ていたい………ずっとずっとこうやって侯爵様と一緒にいたいな……

 「私の顔に何かついてるか?」 

  じっと見蕩れるニコルに、 ようやく笑いを納めたデュークがん?と話しかけてきた。

  まだ目は笑いを含んでいる。

  その声にはっとしたニコルは顔を真っ赤にしながらぷるぷると首を振った。

 「だ、 だって……侯爵様の笑ったお顔、 初めて………うわっ!」

  言いかけたニコルの背中にドンッと何かがぶつかってきた。

 「な、 何……」

  振り返るとダナンがふんふんと鼻面を寄せてきていた。

  そして自分をかまえ、とでも言うかのように鼻先でニコルの体をドンドンと突付いてくる。

 「こら、 やめろって……っ ダナンっ」

  自分の方を振り向いたニコルになおもダナンはじゃれ付く。

  鼻先に揺れる髪の毛に噛み付きくいくいと引っ張り、 胸元に鼻先をすり寄せ、 顔を長い舌で

舐めてくる。

 「あはは…くすぐったいって……っ」

  その様子をデュークは複雑な思いで眺めていた。

  人に懐かないはずの黒馬と少年が仲良く寄り添っている様子は目にはとてもいい光景に映る。

  しかし自分が蚊帳の外に置かれているようでなんとも面白くない。

 「ニコル………」

  どうにも我慢できなくなって、 少年の名を呼びながら側に近寄ろうとしたデュークに、 ダナンが

突然鼻息を荒くして蹄を地面に打ち付け出した。

 「ダナンっ!」

 ニコルが慌てて宥めようとするが、 黒馬はデュークに鋭い視線を向け、 警戒心を解こうとは

しなかった。

  まるでニコルは自分のものだと言っているようなその態度に、 デュークの方もいささかむっとする。

 「…………誰が主人だと思っている」

  ぼそっとつぶやかれた言葉は少年の耳には入らなかったようだが、 馬の方には届いたらしい。

  意味がわかったのかわからずか、 ブルルッとまた鼻息を荒くする。

 「こ、 侯爵様………?」

  黒馬を宥めていたニコルもやっとデュークの不機嫌そうな表情に気付く。

 「侯爵様、 僕また何か………」

  先ほどまで機嫌よく笑っていたデュークが険しい表情を浮かべていることに少年はまた顔を

曇らせた。

 「あ、 いや…………その馬はよっぽど君が好きみたいだな、と…」

  慌ててデュークは笑顔を取り繕った。

 「はいっ ダナンは僕のお友達なんです」

  デュークの笑顔に途端に元気になったニコルがにこにこと答える。

  その後ろではダナンが当然といった様子で立ちはだかっていた。

 「そうか……」

  自分の感情を大人気ないと感じたデュークは、 仕方なく笑顔を浮かべて頷く。

  しかし心の中では少年と自分との時間を邪魔する黒馬に対して、 妙な対抗心が沸き起こる

のを抑えることができなかった。