Dear my dearest

 

26

 

 

 

    階下に下りたデュークを待っていたのは執事の非難するような眼差しだった。

 「………なんだ?」

  理由がわからず、 首をかしげながら辺りを見まわす。

  あの小さな姿を無意識のうちに探していたのだ。

 「ニコル様なら厩舎の方においでになられました」

  カディスが主人の様子に口を開いた。

 「お可哀想に………デューク様を怒らせてしまったと大層悲しんでおいでです。 この邸の中に居たた

まれなくなられたのでは?」

 「怒る? 私が? 何故だ?」

  カディスの言葉にデュークは面食らったような顔をした。

 「デューク様の服を汚してしまったと」

 「服? 服が汚れたくらいで?」

  ニコルに対する自分の反応に狼狽しきっていたデュークはその事にばかり気をとられ、 その前の

出来事などすっかり忘れてしまっていたのだ。

 「少し汚れたくらいだ。 着替えればすむことじゃないか」

  今までのデュークなら到底口にしていないだろう言葉を聞いたカディスが軽く目を見開いた。

  宮廷一の伊達男を自負するデュークはそのプライドからも自分の身なりには至極気を遣っているのだ。

 「………それはそれは……しかしニコル様はそうお取りにはなられなかったようでございます。

なにしろデューク様が部屋を出て行かれたご様子はとても今の言葉とは……」

 「厩舎にいるんだな?」

  カディスの責めるような口調を慌ててさえぎると、 デュークは返事も待たずにさっさと庭へと出ていった。

  その姿にまたカディスが片眉を上げる。

  衣服を汚れることを嫌うデュークは乗馬服以外で厩舎に近寄ることなどこれまで一度もなかったのだ。

  これはなかなか………

  誰もいなくなった部屋の中でカディスはゆっくりと笑みを浮かべた。











  そんな執事の思惑も知らず、 デュークは厩舎のある庭の外れに歩を進めていった。

  咲き乱れる色とりどりの花がいい香りを運んでくる。

 先ほどこの中を走り回っていたニコルの姿を思い出す。

  衣服を泥だらけにしながらも楽しそうだった少年が眩しく見えた。

  そういえば……

  ニコルは自分が育てた花が咲いたらデュークに一番に見せるのだと笑って言っていた。

  どの花だろうか。

  周囲を見ながら歩くうちに厩舎に近づいたのだろう、 馬のいななく声が聞こえてきた。

  ニコルはまだ馬の世話をしている最中だろうか。

  歩調が知らず速くなる。

  木の陰から厩舎が見えてきた。

  そして小さな少年の姿が………

  その姿を認めたデュークの口元が弛む。

  が、 その表情は少年の隣に立つ大きな黒馬の姿を目に入れた瞬間、 大きく変化した。

  ダナン……!

  気難しい暴れ馬の存在に、 デュークの顔がさっと青ざめた。